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<デジタル音源移行時代の話>

80年代以降、日本においてアーティスト感覚を持つ、若手の最優秀のほとんどの才能=知的創造性は、70年代のトレンドであった音楽から離れ、漫画、アニメ(これらは古くからあるが)、さらにゲーム、映像になだれこんだ。

蛇足ではあるが個人的な感覚を述べておきたい。

アーティスト=才能を持つ芸術家(エンタテイメントを含む)。狭義では画家。

(最近ではアイドル歌手や素人シンガーソングライターやタレントもどきもそう呼ばれるようだが、恥ずかしくないのか)

アーティストと呼ばれる方とは、創造力と緻密さを保ち、芸術的な感覚を他の人とは確実に一線を画す内容で、表現できる才能を持つ方である。


さて、80年代音楽の地平に取り残された人々は、それでもなお音楽マーケットを見据え、進化に取り組んだ。

音楽業界に於いて緻密さを必要とする才能の一部は、80年代以降劇的に変化せざるを得なかった。

音源を録音する技術がデジタル化されていったからだ。

日本人が得意とする音源の縮小化である。そして音質の劣化を限りなく無くすというメリットが、とりあえずはあった。

しかしデジタル化による「音像の変化」には、エンジニアもミュージシャンも(ベテラン勢は特に)非常な苦労が与えられた。

初期のデジタルマルチで録音された音は、形容すればある種のガッツが無かったからである。たとえ可聴域では無かろうと、録音物から失われたものの存在は大きかった。

仕方がないとは思う。曲線を描くのに、階段状になった線を曲線のように見せなければならないのだから。その為には遠くから見るか、階段の幅を限りなく小さくするしかない。

でも階段は階段だ。触ってみれば滑らかさは薄れているのだ。

またテクノロジーの進化に伴い様々な電子楽器・デジタル機器が登場し、それらを調整・コントロールするシンセオペレーター・マニュピレーターを必要とする時代が訪れてしまった。

録音作業として、新しいおもちゃを与えられたのはエンジニアとアレンジャーだ。今まで存在してなかった音色やリズムパターンを作り出し、流行りに乗った不必要な埋め尽くしなどを、シンセ屋と共に図に乗って手掛けたのである。

それらをデジタル化の大波を掻い潜り、底の落ち着きは無いが、細部までくっきりとするサウンドとして定着させてしまったのだ。

ある意味デジタルサウンドのデメリットを、新たな波を発見し、メリットに変化せしめたのである。

それにしても80年代に録音に関わったエンジニアやアレンジャーやシンセオペやアシスタントの方々は、デジタル化という大転換期をまさにアーティステックに対応した。

この変化を肌身を持って感じ、乗り越えた世代は、今の若い音楽に関わる方々ともはや人種が違うといっても過言ではない。

僕から言わせれば、彼らは紛れもなく「アーティスト」であった。

アナログレコードを信仰する人々は、無意識的にその残滓を得たいとでも思っているのかも知れない。

そして90年代後半以降、若い子たちのアーティスト感覚の向かう先は、ITテクノロジーへと大きく舵を切ったのである。

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