ルームシェア2 ❀ウィンターコスモス❀
私はここのところ不安定だ。気持ちが揺れている。
もうすぐ結婚式。彼のことはすき。結婚に迷いがあるわけじゃないのに、どうして心にぽっかり穴が空いたみたいに、さみしくなるのかしら。これがマリッジブルーというものなのかな。
いつも寄り道するお花屋さんの店先に、黄色のコスモスがあった。冬のこんな時期に咲いてるのね。
「実はコスモスの品種ではないんです。花が似ていて冬に咲くものですから『ウィンターコスモス』と名付けられました」
お花屋さんはいつも花言葉を添えて教えてくれる。
「忍耐、調和、真心。そして『もう一度愛します』」
愛、という響きで心に浮かんでしまうのは、彼ではなく葵だ。
私はきっと葵を愛している。そんなの叶わぬ恋だとわかっているから、私は彼女から離れるために今の彼とつきあいはじめた。
私と葵がルームシェアをすることになって三年余り。
なかなか部屋が決められない私に「じゃあ、一緒に住む?」とささっと手続きをしてくれたのが彼女だった。
しあわせだったな。いつもそばにいられて。
葵が作ってくれるおいしいごはんを食べて、毎日のできごとをたくさんお喋りして、楽しかった。
「あれ、傑作だったな、宣伝部の彼」
葵が思い出し笑いをする。
「あは。私と葵を同時に口説いてきた彼ね!」
「ルームメイトとは知らずに、同じ落とし文句で言い寄ってくるとは」
「『僕には君が似合うと思うんです』だっけ?」
「多分、社内中の女子全員にチャレンジしてるな」
「あ、彼、結婚するんだよ」
「引っかかった女いるんだ。まあ、お幸せに」
こんな他愛ないことも、仕事で困ったことも何でも葵には話せた。どんな時も真剣に向き合ってくれたね。夜中に泣いてる私にずっとつきあって、次の日が朝早くても構わず、慰めてくれた。
サバサバと男前なのに、繊細な優しさのある人。
しっかりしてる癖に、チョコレートかけてお花たべようとする、とぼけたところもある人。いつしかときめきに変わっていく想い。
でも、葵は彼氏じゃないんだよ。つい頼りたくなって腕にすがりつきたくなるけど、そんな負担になるの、だめだよ。
「ただいま」
「おかえり、有紗。今日は寒いからシチュー作ったよ」
「わーい。葵のだーいすき」
葵のじゃなく、葵が、だーいすき。すり替えて言ってみたくなる。
まあ違和感ないだろうな。友だちとしてのだいすき、にしか聞こえない。
ウィンターコスモスを硝子の瓶に飾りながら名前の由来を話したら、葵が真面目な顔をして言った。
「コスモスに似ていたからそんな名前を付けられてしまったんだね。気の毒な気もするな」
「ほんとだね。『チョコレートコスモス』だって、別の名前がほしかったかもね」
自分の気持ちを重ね合わせてしまう。
大切な時間は、花占いで一枚ずつ花びらを散らすように減っていくのに、このままでいいの?
秋に咲く王道のコスモスをはさんで、私たちは向かい合っているみたいだ。
ピンク色のコスモスは華やいだ女の子たち。
少なくとも私は、本当の自分を閉じ込めて生きている。チョコレートを被った偽コスモス。
ウィンターの花の端っこは白くて、雪が被ったように見えて美しい。葵の横顔のようにスッとして、別の名前が相応しいように。
花びらに手を伸ばしたら、葵と指先が触れ合った。
「有紗」
葵が私の手をぐいと引き寄せる。そのまま抱きしめられて、私は気を失いそうになった。
でもこれは、友愛のハグ。
もうすぐ離れ離れになることは葵にとってもさみしいことのようで、それだけでも嬉しくなる。
なのに耳元で感じる吐息が熱く感じる。
ワインの酔いのせいにして、唇を重ねてしまいたい。
最後くらい、甘えてばかりじゃない自分を見せたかったのに。
勇気がない私より先に、あなたの方から言ってくれた。
「有紗を誰にも渡したくない」
チョコレートとスノーが溶け合わさって、私たちの間をぐるぐる回り始めた。
*「咲花の園」という企画に参加しています。
声劇用の台本として書きました。1&2は続きものです。
1は葵視点、2は有紗視点。
* ボイスドラマ完成しました。ご覧になって下さると嬉しいです。
「咲花の園」サイト
あ、企画関係なく感想を下さると嬉しいです。♡♡
あまあまになってしまったので大丈夫かな。( ,,Ծ ‸ Ծ,,)