第2回 「共創」を目指した証券会社との付き合い方 / プレイドIPOの軌跡
上場承認約1ヶ月前
2019年4月5日、丸の内・大手町・八重洲エリアにあるカフェで、午後5時ぐらいからCEOの倉橋と当時の管理担当執行役員と僕の3名で、早々にビールを飲んでいました。
「終わったね…」
「延期するしかないか…」
などと呟きながらも、諦めきれずに
「とりあえず詳しい話を聞きますか?」
ということで証券会社の営業担当の方に来てもらいました。
その時すでに上場承認が約1ヶ月後に迫っており、準備は整いつつありました。ジョイント・グローバル・コーディネーター(Joint Global Cordinator or JGC、グローバル・オファリングにおける主幹事)3社体制でした。まだCOVID-19前だったのでアジア・欧米それぞれ1週間ずつ投資家を訪問するインフォメーション・ミーティングを行い、海外投資家から概ね好意的なフィードバックを受けていました。また英文目論見書などの開示書類も仕上がりつつありました。
4月5日は朝からそれぞれのJGCと面談を入れて、順番に最終価格提示を受けました。2社からは満足のいく価格提示を受けました。しかし1社からの価格提示はその水準を大きく下回る価格でした。それではグローバル・オファリングをやる意味はなく、そもそも株主に売却をお願いできる水準ではありませんでした。
今回は、IPOまでに多くの証券会社とお付き合いし、様々な経験をした僕たちが考える証券会社との接し方や持つべきスタンスについてお話します。
この記事は、2020年12月17日に東証マザーズに上場した株式会社プレイドのIPOに携わったチームによる連載記事です。過去の記事は、こちらからご覧いただけます。
1. 初値>公開価格は「おめでとう!」ではない
「IPOで株式を売却する株主からすれば初値が公開価格を上回ることはIPOの成功ではない。しかし日本のIPO市場ではそれが望ましいことであるかのように言われている。初値が大きく跳ねるとみんなで拍手して祝う。これには違和感がある。」僕が入社直後にCEOの倉橋とともにお話を聞きに行ったあるプライベート・エクイティの方の言葉です。
「プライベート・エクイティ・ファンドはIPO時にかなりの株式を売却するから価格が重要なのに対して、創業者が継続保有するスタートアップの上場では創業者が売却しないから価格はそこまで重要じゃないのではないか?」という見方もあるかもしれません。しかし、そんなことはありません。適切な流動性をつくるためには一定の新株発行と既存株をVCに売却してもらう必要があります。新株は自社の判断だから良いとしても、VCには初値よりも安い公開価格で売却してもらうことになります。たしかにオファリングレシオを絞り、IPOであまり新株も既存株も売り出さない場合には価格の重要性は下がります。ただ流動性の低いIPOは別の課題があると思います(例えばシニフィアンさんの「スタートアップのIPO時における流動性の水準に正解はあるのか?」などでよい議論がされていると思います)。以下の議論は流動性が十分あるIPOを前提にしています。
もちろん発行会社にとっては良好な初値形成は大切ですが、このような売主の立場を十分に理解して、IPOをする会社は公開価格が重要だという姿勢を常に証券会社に示しつづけることが大切です。主幹事選定の時のバリュエーションから最終的な公開価格の提示が下がるケースは少なくないと理解しています。上場直前に引受契約を締結するまでは、発行体と証券会社の間には価格に対しての契約は存在しないのです。
最終的に提案された価格が適正といえるレンジを外れていると思うのであれば、そのまま上場すべきではないと思います。どんなに審査などでその証券会社の方々にお世話になっていたとしても、プロセスを一旦止めてでも主幹事の変更も辞さないという強い姿勢で交渉すべきです。それでも価格が適正と思える水準にならないのであれば、プロセスを止めることも真剣に考えるべきです。再び上場プロセスをやりなおすことは審査的にも大変ですし、またいろいろなリスク(例えばCOVID-19によるパンデミック)に晒されるのでお勧めできません。それでも、そこまで価格にこだわることは、売却してもらうVC株主に対する発行会社とCFOと案件チームの責任だと思います。
しかしそもそも望ましいのは、こういう状況に陥らずに、最初から適正な最終価格の提案を受けられるようすることです。それをどうするか?証券会社と透明性を約束する、そして証券会社に対してバーゲニングパワーを持ち続けることが大切だと思っています。そして理想としては、機関投資家のフィードバックで価格を決めることです。
2.透明性を約束する
カフェにお越しいただいた営業担当の方に、提示された価格自体は仕方ないとしても、なぜこのギリギリのタイミングだったのか?、提示された価格は社内でどのように決まったのか?という質問を矢継ぎ早に投げかけました。
投資家の考えが発行会社に伝わらないことが起こり得ると思っています。発行会社と投資家の間に介在する証券会社には営業部門だけでなく以下のような多層の組織が存在します。投資家の声を反映しIPOの価格を決めていく過程で重要なのは、営業部門ではなくシンジケート部門であったり株式資本市場部門です。それらの部門の見方は営業部門などがフィルターとなり、発行会社に適時に、そのままの内容では伝えられないということが起こると思っています。例えば、シンジケート部門が価格に対して保守的な見方をしていても営業部門としてはそれを押し返そうと社内調整していたりするので、そのシンジケート部門の見方が発行会社にはそのまま伝わらなかったりします。”伝言ゲーム”のような状況です。
また証券会社内部での公開価格の決まり方はさらに複雑なようです。価格決定に際しては機関投資家だけでなく、個人投資家を抱えるリテール部門の意向やリサーチ・アナリストの見解も影響することもあるようです。僕も過去証券会社に在籍していながらこの辺の全容は理解しておりません。発行会社からするとまさに”ブラックボックス”的に価格が決められる印象を持つかもしれません。
発行会社としては、証券会社から提示される「結果としての提案される公開価格」だけでなく、証券会社内部で様々な役割をもつそれぞれの部署が公開価格にどのような見解を持っていたか、それがどう影響して提案する価格に至るのか理解できるのが望ましいと思います。
そのためには主幹事任命時点において情報や意思決定プロセスの透明性を主幹事証券の方々と約束するのが良いでしょう。カバレッジや営業部門の方々だけでなく、株式資本市場部門やシンジケート部門とも直接コミュニケーションし、先方社内での価格に関する見方を立体的に把握します。また最終的な提案価格の提示にむけた証券会社の価格決定のプロセス(どのように機関投資家の意見を反映するのか、リテール部門や社内のコミッティ、アナリストの見解がどう価格決定に影響するのかなど)について透明性を高めてもらうことを主幹事選定のタイミングで確認すると良いかと思います。
3.バーゲニングパワーをもち続ける
4月5日の価格提示の後、1-2週間で公開価格について議論を重ねた結果、我々として適正だと思える水準でJGC各社と合意することができました。証券会社の様々な方々、特に営業部門の方々にご尽力いただいた結果だと思います。
なぜ発行会社はバーゲニングパワーを持つ必要があるのでしょうか?
証券会社は微妙なバランスで難しい舵取りを行っています。証券会社からみると発行会社も投資家も顧客です。IPOに際して、発行会社は高い株価、投資家は低い株価を望むので、投資家と発行会社はコンフリクト(利害相反)の関係にあります。証券会社はコンフリクトのある発行会社と投資家の間でフェアな立場をとる必要があります。しかし様々な理由から、フェアと言える範囲の中で、証券会社が投資家寄りになって価格が決定されるようなことは起こり得ると個人的に思っています。
一方で発行会社は主幹事任命とともに証券会社に対するバーゲニングパワーを失っていきます。唯一のバーゲニングパワーは「プロセスをやめて、証券会社体制を変更して仕切り直す」という発行会社にとってまさに諸刃の剣で大変採用しにくい選択肢のみとなります。
バーゲニングパワーを保つために、最もシンプルな方法が第1回で小島が触れた共同推薦・共同主幹事の体制です。共同推薦・共同主幹事であれば、「プロセスを止める」以外の選択肢を持つことにより、証券会社との適切な緊張関係につながります。例えば複数の証券会社から複数の価格提示を受けることにより、適正な価格を把握するためのデータポイントを増やしつつ、「安すぎる」と思われる価格を提示された場合には、様々な交渉を行うことが可能になります。
また共同推薦・共同主幹事以外にもいくつか方策はあると思います。仮に共同体制が難しい場合でも、常に何らかのバーゲニングパワーを持てるように設計していくことが大切だと思います。
4. 機関投資家のフィードバックで価格を決める
ここまでは証券会社とどう向き合うかについての話でした。しかし理想は証券会社とともに投資家に向き合うことだと思っています。
2019年6月上場のときと2020年12月上場の時の証券会社からの最終的な価格の提示方法は異なっていました。2019年6月上場の最終価格提示は比較対象企業・マルチプル・IPOディスカウント等から証券会社が算定する価格レンジとして提示されました。バリュエーションの考え方は基本的に主幹事任命時の提案時と同じ方法です。
それに対して、2020年12月上場に向けた最終的な価格の提示は、インフォメーション・ミーティングの結果、各機関投資家から受領したフィードバックを一緒にみながら、”目論見書想定価格”(公開価格の参考値として目論見書に記載するもの)を決定しました。この方法では「証券会社が価格を決めた」という感覚はなく、「証券会社と一緒に、最適な価格を模索して決定した」と感じております。このような形でできたのは証券会社の方々に透明性を約束していただいたことも大きいと思っています。
インフォメーションミーティングを通じてプライスリーダーとなる機関投資家から明確なフィードバックを得ることがとても大切です。これによって公開価格決定のプロセスの透明性が高まります。逆にそれが見えない状況だと、引き受ける証券会社としてもリスクを考えて保守的な価格設定になってしまうのだと思います。
今回の当社のIPOでは(結果的に)複数回のインフォメーション・ミーティングを実施し、また機関投資家、特に海外機関投資家比率が高かったため、このような形で公開価格を決定することができましたが、個人投資家比率が高い場合には、インフォメーションミーティングの実施の可能性などは証券会社にご相談いただくのが良いと思います。
5. 前例や慣習にとらわれず新しいことを一緒にやる
ここまでは全てどう価格をきめるかについてでしたが、最後に一つだけ価格以外のことについて書きたいと思います。
上場タイミングの延期を繰り返し、最終的に2020年12月上場を目指すことになった時、それまでずっと準備をしてきたグローバル・オファリングが無理だということになりました。決算月が9月の当社にとって12月上場は「期越え上場」と呼ばれる上場です。期越え上場とは上場が申請事業年度(当社IPOでは2020年9月期)の翌期(株主総会前まで)にずれ込む上場のことを指します。国内オファリングの場合、期越え上場には問題ありません。一方でグローバル・オファリングを実施するにあたっては大きな障害があります。ローンチ(=上場承認)のタイミングに決算や監査のスケジュールが間に合わないのです。12月上場から逆算すると11月初旬に監査済み財務諸表の入った英文目論見書を準備する必要があるのですが、これは不可能でした。
社内で様々な議論の末、グローバル・オファリングを諦めて国内臨報方式にて12月上場を目指すことにしました。グローバルにこだわるとなるとさらに延期し、2021年3月を目指すことになります。すでに4回延期をしている状況でオファリング形式のためだけにさらなる延期は難しい状況でした。
チームにとっても、個人的にも非常に残念でした。これまでグローバルを前提に準備を進めてきていたし、プレイドのIPOにとって最適なフォーマットだと思っておりました(詳しくは第5回にて)。それも何かクリティカルな要因というよりも、監査と英文目論見書開示のスケジュールの問題というのがなんともやるせない気持ちでした。
そんな中、「実は、可能性はあるのではないかと思っています」とグローバル・オファリングを諦めた頃にJGCの1社のある方から言われました。
その方によると、実は過去、三井不動産さんがIPOではなく期越えPO(Public Offering、上場後の公募増資)をグローバル・オファリングで実施した事例がありました。前述のスケジュールの問題に対して、ローンチのタイミングでは未監査の財務諸表を仮仮目論見書に入れ、マーケティング期間を経た後、ブックビルディングの直前までに監査済財務諸表の入った仮目論見書に差し替えるという”荒技”でした。簡単にきこえるかもしれませんが、監査未了ではあるものの財務諸表等の変更可能性が相当に低い状態、すなわち実質的な監査がほぼ終わっている状態が必要であり、当社の場合、9月決算の数字を10月半ばまでに締めて監査法人に提出する必要があり、さらにそこから監査法人にて超特急で監査していただく必要がありました。さらに、この方法自体、ほとんど例がないどころか、ほぼ唯一の事例が大企業である三井不動産さんであり、それも上場後の公募増資であり、IPOの事例はありませんでした。しかし、”理論的には”このストラクチャーで行けるというものでした。
この話を聞いた時には、正直期待してはいけないと自分に言い聞かせていました。そもそもその決算のスケジュール自体無理があるし、監査法人の方にその無理なスケジュールを受けていただけるとは思っていませんでした。さらには、この開示のリスクを最終的に引受証券会社の方がとる可能性も高くないと思っていました。特にドイツ証券時代、様々な”理論的には”いけそうなアグレッシブなストラクチャーを考えては実現しない経験も多くしていたことも影響しているのかもしれません。
僕の諦めに反して、チームはこの期越えグローバルの実現可能性の検討を進めていました。「9月末の決算を10月半ばまでに締めるスケジュールは無理ではないか?」と証券会社の方から言われた時、小島が「僕が寝なきゃいいんです」と返答したと上場後の後日談として聞きました(実際には、ちゃんと寝ていてくれてたはずですし、当社はそういう働き方を推奨しません!念のため。)。また第3回を書く予定の向江はあずさ監査法人、米国法弁護士事務所のチームとこのストラクチャーについて検討し、結果あずさの方々からご対応いただける方向となり、監査スケジュールに関しては現実味を帯びてきました。
そして、最大のネックは「前例がない」ことをプレイドのようなスタートアップがチャレンジすることに対して証券会社のサポートを受けられるかどうかでした。前例がない特異なストラクチャーであったとしても、それこそ三井不動産さんとか、あるいはソフトバンクさんが上場に使うということであれば、証券会社も様々なリスクを考えながら全社を挙げて取り組む可能性はあるでしょう。一方で、プレイドのIPOはそもそもグローバル・オファリングとしてはかなり小さく、臨報方式で上場することは可能であったし、証券会社としても無理にグローバル・オファリングをサポートするメリットはなかったと思います。もちろん、証券会社の手数料も変わりません。
しかし我々の打診に対して推薦証券会社のある方が言われたのが以下の言葉です。
「金融の世界は皆さんのテクノロジーの世界と違い、新しい進歩はほとんどありません。しかし、そんな成熟した金融の世界でも、少しだけでも何か新しいことをやることが僕らの使命だと思っています。ぜひ、このような新しい形のIPOに一緒にチャレンジさせてください。」
この言葉をお聞きした時、ドイツ証券時代にソフトバンクの孫さんなどの錚々たる起業家から信頼の厚かった上司のことを思い出しました。その上司はもちろん手数料も稼がれるのですが、それ以上に顧客と一緒に挑戦することを楽しみ、顧客のやりたいことは何としてもサポートするという強烈なコミットメントがありました。よく顧客の無理な要望でも一旦その場は「大丈夫です」持ち帰ってきて、その後に困られていた姿が懐かしいです。
こうして新しいやり方を模索し一緒にチャレンジする証券会社、それに加えて監査法人・そして弁護士事務所のチームに支えられて「少しだけ新しい」グローバル・オファリングでの期越え上場案件が実現することになりました。
上場のプロセスを進めていく中で、証券会社からのアドバイスやガイダンスの理由を聞くと法律ではなく”慣例”によるものが結構あることに気づきます。もちろん、”慣例”だから従わないでよいわけではないものの、その”慣例”や”前例がないこと”が障害になっている時に、一緒に新しい方法を考えてくれるか、”非常識”であっても我々のやりたいことをサポートしてくれるかに証券会社やそのチームの魅力が現れると思います。
その観点で考えると、どこの証券会社に主幹事をお願いするかという発想よりも、会社よりもチーム、チームよりも個人を重視して、一緒にIPOまでの長い道のりを歩んでいただくパートナーを決めていくのが良いと思います。
まとめ
ここまでお読みいただきありがとうございます。SIX PROJECTでの経験を書くつもりが、自分自身の証券会社時代の経験まで持ち出し、たくさん書き過ぎてしまいました。あくまで一個人の見解ですので、参考程度とお考えいただけると幸いです。Takeawayとしていただきたいことを以下にまとめました。
1. 初値>公開価格は「おめでとう!」ではない
2. 透明性を約束する
3. バーゲニングパワーをもち続ける
4. 機関投資家のフィードバックで価格を決める
5. 前例や慣習にとらわれず新しいことを一緒にやる
そして第3回は我々が最も苦労したと言っても過言ではない「IPOプロセスにおける計画策定と予実について」 について、向江が書きます。お楽しみに!
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