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印象に残らない

"おはこんばんちわ"
すごいワードセンスですよねこれって。
全部の挨拶をとりあえず1つに突っ込んだ上で語感も悪くなく雰囲気も破綻してない。
鳥山明先生って偉大。
そして、"おはこんばんにちは"ってワードで現代に復活させた弟者さんも偉大。
まあ僕の生きてきた芸事の世界では、朝でも昼でも夜でもその日最初の挨拶は"おはようございます"なんですけどね。

挨拶は大事。当たり前の事だけど重要な事。
相手の事をしっかり認識出来ますからね。


前回の卒業公演の話が3月。今回の話は6月の終わりだったかな。
都内の有名な中規模劇場でのミュージカルに出演した時の話です。
そこの劇場も地下にあって、楽屋階は1階と劇場階の1つ下の階にそれぞれ。
また、その劇場は少し特殊な作りになっていて、舞台の1番奥の幕の裏を通って上手と下手の行き来が出来ない造り。
なので、上手にハケて次に下手から出なきゃならない場合などは常に上階か下階を通らなければならないって事なんですよね。


次の出番まで時間があり、各袖中に設置されてる早着替えスペースを使うまでも無かったそのタイミングで、自分は地下の楽屋で衣装を着替えてた。
同じタイミングでその下階にいるのは自分の他に女性の先輩が2人。
舞台稽古を何回かやった中で3人とも把握してた。
衣装を着替えて先輩2人に、自分は準備出来ましたよって声をかける。
舞台に出るタイミングは3人とも同じ。
先に上手袖中へ上がる為のエレベーターを呼んでおいて先輩達を待つ。

「ごめんごめん、待たせた」

そう言いながら先輩達がやってくる。
Aさんは黒いヒール。Bさんはベージュのヒール。

カツカツカツ...

少し暗くなっている下手のエレベーターの方から誰かがこちらに歩いてくる。
自分は開ボタンを押し続ける。

カツカツカツ...

真っ赤なヒールだ。真っ赤なヒールを履いた足がこちらに向かって歩いてきている。

カッカッカッ...

エレベーターを開いて待っているのを見付けたのだろう。
赤いヒールを履いた足はこちらに小走りで向かって来た。

カッカッ...
「むと、閉めて良いわ。早く行きましょ」

Aさんに言われてハッとした自分は閉ボタンを押した。
扉が閉まる。
赤いヒールがエレベーターにたどり着く前に閉まりきった。

「次からアレ、気にしないで普通に閉めちゃって良いからね」

Bさんが自分に向かってそう言った。
先輩達も同じモノが見えていて聞こえていたのだ。
そう。今回の作品において、赤いヒールを履く役はいない。
それに、廊下の電気も点いていたはずなのに、赤いヒールを履いた足から上の印象が全く残っていなかった。
アレは人ではなかったのだろう。

その公演期間中に自分はあと2回同じモノを見た。
今も健在なあの劇場には今もあの赤いヒールはいるのだろうか。
これまで自分が遭遇した怪異は、どれも人に直接害を為す様なモノではなかった。
なので変な話不思議だなと思う事はあってもそこまで怖いと思う様な内容は無かった。
今後害を為す怖いモノと出会った時自分は上手く対処出来るのだろうか。
そんな疑念が過ぎったのはこの時だったのかもしれない。



相変わらず怖い話と言うにはインパクトに欠ける怪異体験談でした。
この日は翌日に休演日を控えていた事もあって、終演後にこの女性の先輩2人に飲みに連れてかれました。
ひたすら飲まされ、しょうもない説教と愚痴を聞き続けた自分は、何もして来ない怪異なんかより目の前の先輩達の方がよっぽど怖いわ...なんて思ったりもしました。
ただこの先輩方には、今ではハラスメントって言われてしまうかもしれない居酒屋や楽屋での下っ端仕事を叩き込んでもらい、その後に恥ずかしい思いをしないで過ごしてこれた事もあって今でも頭が上がりません。
この時はまだ震災前。
時代ですねって事で。


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