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インドでのエピソードと円安

インドに1ヶ月以上旅したことがあった。

バックパッカー旅行で、まずタイのバンコクに行き、そこでインド行きの格安チケットを購入した。言葉も喋れないのに。空港から白タクに乗ると、身ぐるみを剥がされて人気のない場所に捨てられると聞いていたので怖かったが、好奇心がそれを上回った。

数日タイに滞在し、インド国営航空でカルカッタに向かった。今でもその光景が焼きついて忘れられない。国際空港なのに飛行機のタラップからおりて、ターミナルというか、駅舎のような建物まで歩いて行った。木箱のようなX線装置で形式的な検査を受けて入国した。

泥だらけの舗装されていない道路に、牛が我が物顔で歩いていたのには驚いた。牛は神の使いとして神格化されているので、いたるところでのそのそと歩いていた。そのため、カレーはチキンかマトンで、ビーフはありえないのだ。

かなり回りくどくなったが、移動はリキシャーをよく使った。日本語の「人力車」が訛った言葉らしく、形状も日本のそれとそっくりで、人が歩いたり走ったりして引くものだ。当時インドは数百円で生活できた。旅行前にボールペンや使い捨てライターなどを持って行くと、現地で高く売れると聞き、万が一のことを考えて多めに持って行った記憶がある。(この時代は、ライター持ち込みできたのです、確か)

リキシャーは1キロほどで20円くらいだったような気がする。(現地通貨はルピーとパイサ)それを値切って10円ほどにすることがあったが、今思うと、なんともさもしい行為だった。20円は当時フーセンガムが買える程度の金額で、子供が駄菓子を買うような価格。それを値切るのは、相手の労働に報いることができず、恥ずかしい行為だったと反省している。

しかも、リキシャーマンは、ガリガリで骨と皮みたいな風貌でしかも上半身裸でほぼ半裸だった、厳しい直射日光で日焼けで真っ黒だった。

なので、今思い起こすと本当に愚かだったと思う。

インドの話にはたくさんのエピソードがあるが、書ききれない。当時、ちょうど円高で、少なくとも経済的には日本が豊かだったような記憶がある。

現在の日本は、円安で割安になってきており、すべてがバーゲンセールのようだ。しかも、食事は美味しく、清潔で、民度も高いとなれば、人気が出るのも当然だろう。今の日本には、彼らが値切るようなさもしい行為が聞こえないのが救いだ。

インバウンドとか騒いでいるが、観光資源もさることながら、彼らを惹きつける大きな要因は”安い”からなのだ。

ちょうど今、「将軍」というドラマが海外で大人気で、旅行に来る外国人は、日本の民芸品や刀剣、鎧などをお金に糸目をつけずに購入するだろう。手作りの工芸品を継承する若い人が少なくなる中、希少性から、これらに対するバブルが生じるのではないか。

日本の古美術、骨董品、ヴィンテージ品などが、これからさらに人気になるに違いない。

円高時代に海外でお金をばらまき、あちこちでやらかしていたはずた、そして民度の低さを世界に知らしめた日本人は、今度は逆の立場にあることを真摯に受け止めるべきだと思う。

人にしたことは巡り巡って返ってくる。世の慣わしは因果と縁なのだ。(#2に続く)

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