スラム
2024年8月、竹中俊さんのフィールドワークに参加した。ネパールで3日間行われたこのフィールドワークでは孤児院、聾学校、スラム、ゴミ山、日本語学校などの施設を見学した。この記事では、スラムを訪れて学んだこと、感じたことを記述する。
ネパールの首都カトマンズの大通りの真ん中にスラムがある。ここのスラムにはインド人が暮らしている。でも彼らのなかにはインド人と思われたくなくて、出身を聞いても「ネパールの南の方」と答える人がいる。ここは見学した中でも写真を撮ってはならない場所。理由の1つはカメラを持っていると盗まれるから。カメラだけではなく水でさえも盗られる。だからスラムに行くときは何も持っていかない。もう1つの理由は、彼らの生活の場所だから。私たちにとっては珍しいものでも彼らにとってスラムは家。動物園のように写真を撮るのは彼らの人権を侵すことになる。前まで「スラム」と聞いて思い浮かぶのは「不衛生」「治安が悪い」などのイメージがあった。だからスラムに行くのは正直嫌だった。予想通り衛生面は最悪だった。ボロボロの服を着てハエが飛び回る。しかし予想外だったことがあった。子供たちが駆け寄ってきてニコニコと笑っていたこと。スラムの子供たちは前まで物乞いが激しかったが、今は他の人とのコミュニケーションも取れるようになってきて物乞いも減ったそう。スラムは怖いと思ってたけど、子供たちのかわいい笑顔を見て、ここに住んでいる人達も自分達と同じで、幸せになるために生まれてきたんだって思った。目を見て抱きしめた。自分はスラムにいる人達に何もすることができないけど、ただ愛情を与えることはできると思って子供たちを強く抱きしめた。NGOや他の協力団体がお米を恵んでくれることもあって、彼らが1番幸せだと感じるのはその時だと言っていた。スラムの男性2人が水を運んでくると、子供は「パニ!」(ネパール語で水の意)と張り切って私に教えてくれる。
そこに住む人達と私の暮らしの違いは、生まれた場所と環境だけ。私が訪れたスラム以外にもネパール中、世界中に彼らのような貧しい暮らしをしている人々はたくさんいる。この人たちを見て、私は何をすればいいんだろう。
たった15分程の体験だったが私にとっては強烈な記憶として残った。