奈良へ行く
連休唯一の府外、いや市外へのお出かけの記録
11時前に家を出るという、ゆっくりスタートだけど平日で、雨も降ってないので京都駅までてくてく
いつも近鉄で行くし、博物館もその方が近いらしいけど目的地まっしぐらになってしまいがちなので、時間のある本日はJRで向かう
停車駅、木津までは刻むのにその次、奈良!
(本日は稲荷駅に臨時停車らしいですけど、朱色の駅はすごい人)
大学へは阪急電車と京阪電車を乗り継いで通っていたので、JR藤森駅は数えるほどしか乗り降りしたことがなく、母校の最寄り駅なのに新鮮だ
宇治からはすごい数の外国の方、宇治のお茶から奈良のお茶粥とハシゴかしら?
城陽を過ぎると景色が変わる
いちじくも特産らしいし、蓮根育てている方もいたし、スーパーでも城陽の野菜などをよく見かけるので色々育てられているんだなと、何かわからない背の低い木を見て思う
山城という場所も、北区衣笠の山城高校に引っ張られ北区だと勘違いしていたし、『太陽が丘』とよんでいた場所が『京都大作戦』の開催地『山城総合運動公園』だと一致したのも10年くらい前の事
そんなどうでもいいことを考えながらボーッとしている間に
『今日はいーひんわ』『雨降ってたしかな』亀を探し、何やら楽しげな御婦人二人に思わず、ほとんどわかっているのに『この池が猿沢の池ですか?』『奈良国立博物館はこの上であってますか?』など話しかけてしまう、よその土地に来ると気が大きくなる私
『その坂上っても行けるけど、ひとことお願いしたらいいっていうところ寄っていき、階段上がるけど、私らも行くし』
と、興福寺南円堂にご一緒して頂き、お参りをし、お礼を言って、そこでさよならをする
ここを抜けると何やら獣臭が
風信帖をはじめ、何点かの空海による書を見られるということと、東寺にも何度も見に行った立体曼荼羅(この展覧会では安祥寺)、や東寺の曼荼羅図に加えてとてつもないスケールの神護寺の曼荼羅図、空海が唐から帰国する際持ち帰った色々が見られるということで足を運んでみた
伝えるべき教えであるから、説いて伝わらぬであろうものは文筆や絵で持ってでも伝えるべしとして、その事に生涯を捧げた空海
大変な思いをして持ち帰ったという展示物に感嘆し、見入ってしまい動けなくなるどになった
文化・芸術・宗教といった受け継がれていくものにおいて、やはり『残したい』『伝えたい』という熱い思いをもった人がいてこそ、こうして沢山の人が『すごいね』『きれいだね』『美しいね』と、心を震わせて伝わっていくものであり、そこには金銭的・心情的・政治的なもの、さらに言えば皇族なども大きく絡むので完全なる良心だけで受け継ぐことはむすがしい点もある
けれども、どんな形を持ってしても人々の救いになり人々に広く伝えたいという熱い思いがこうして時間や、価値観を超えてなお人々の関心を集め崇拝され、救われるものへとなるような気がした
先日行った展覧会『村上隆 もののけ京都』展をNHKEテレ日曜美術館でやっており見ていた時も、制作者本人の勉強や経緯、制作の過程、作品の評価ももちろん大事だが、自分の高みを目指すと同時にあとに続く人やそれを取り巻く環境にきちんと目を向けられるということがとても大切なことなのではないかと思えた
専門的な知識や感想は書けないのでご興味のある方は下調べして実際に見られる事をおすすめしますし、見る価値ありの展覧会だと思います
続いて、空海展のチケットで入場できる《なら仏像館》へ
面白くて3回行った京都国立博物館『茶の湯』展の時も思ったが、英語の解説が何とも面白い
Standing Amida Nyorai→阿弥陀如来立像
Four Heavenly Kings→四天王
Eleven━headed Kannon Bosatsu→十一面観音菩薩
など
くたくたになって博物館を出る
ここですでに17時、もう大仏殿には行けないけれど近くまで行きこの中におられるのだと思いを馳せる
ここでパラパラと雨が降り出したので、大仏殿に背を向けいそいそと帰る
私のお出かけは、不飲食不休憩のことが多いので帰りは廃人のようになる
電車は『普通』しかないようだけどそれも気にせず乗り込むと同時に意識を失ったが、奇跡的に宇治で起き、『快速』に乗り換え、京都タワー輝く京都まで帰り着く
何やら元気を取り戻し、また烏丸通をるんるんと歩いて帰る、4月最後の日
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