タクシーの痛みと先祖の念
タイトルを見て、タクシーの痛みって何ぞやと思われる方もいるかもしれませんね。今回は、普通の人にはなんてことはないことでも、こだわりがある人には信じ込みとなるというお話です。そして、それが先祖に関係していたことに気づいたのでした。
タクシーに乗らざるを得ない事態
その日、空港に向かうために電車で移動しようと思って駅に着いたら、ダイヤが乱れていて結構な遅れが出ていました。そのため、最寄り駅に電車が到着した時には空港行きのバスは出発した後。
このままでは飛行機の時間に間に合わない!どうしよう!となってしまったのです。こういう時に取りうる選択肢はタクシーを使うことなんですが、それは絶対にしたくない理由があったのです。
タクシーに乗りたくない理由
私は昔、車が嫌いで排気ガスの研究をし、その後大学院で交通計画などをやっていたことがあります。車が必要ない都市を造ることがエネルギー効率が良く、環境に良いからそうするべきだと思っていたのです。
バスや電車はダイヤがあって、その通り走っているので乗る人が増えても必要とするエネルギーは大きく変わりませんね。しかしタクシーは、その人の移動のためだけに車が動くことになるので、消費されるエネルギー(ガソリン)は純増します。
おまけに移動にかかる費用も非常に高い。なので私はどうしても必要な場合を除いてタクシーには乗らないと決めていたのです。しかし、他に間に合わせる方法がなかったので、この時はタクシーに乗らざるを得ませんでした。
これによって、無駄にエネルギーを消費して移動してしまった罪悪感と、バスで行った場合の10倍以上のお金を使わなければならなかったことに対するもったいないという痛みの両方を感じることになったのです。
解放後に起きたこと
その後、セッションで解放してもらったためか、大きな荷物を抱えている時などはタクシーに乗ることができるようになりました。
些細なことのように見えるかも知れませんが、過去に創られた信じ込みが、人の行動を縛っているという分かりやすい例です。皆さんにも、変な罪悪感から行動したり、お金への執着から行動しなかったりということがあったりしませんか?
そういった何でもないようなストレスの積み重ねが、自分のハッピーを遠ざけていたりします。だからこそ、気づいた時に外してしまえば、どんどん軽くなっていきますよ。
実はタクシー嫌いに先祖との関係が
そしてこれは後から分かった事なんですが、実は祖母は昔、今では大阪で1,2を争う大きなタクシー会社になったある会社の社長令嬢だったのです。戦後のどさくさか会社を乗っ取られるようなことになり、その会社とは今では全く関係がないのですが。
この話を聞いて、自分がタクシーや車が嫌いだと思っていたものの陰に、先祖の念、あるいは恨み?のようなものが隠れていたんだなということを気付かされたのでした。
その出来事と関係があるかどうかは今となっては分かりませんが、祖母はパーキンソン病を発病し、長い間闘病生活をしていました。
このように、自分のものだと思っている考え方や行動原理の元に、先祖が持っていた信じ込みや恨み、念のようなものが関係していることがあったりもします。そういった部分にも光を当てることで、先祖にとっても良いことになっていくことがあったりするんですね。ある種の先祖解放です。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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