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書のための茶室(七):帝国ホテル「東光庵」
東光庵
11月も終わりに近づいたある日、帝国ホテル内のお茶室「東光庵」にやって来ました。クラシックな本館のエレベータを4階まで上がり敷地内に入ると、お茶室特有の穏やかで整った空気が広がっていました。
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お着物姿の椿さん(仮名)が、ご説明してくださいました。「東光庵」の名は京都は大徳寺瑞峰院の吉口桂堂師により名づけられたとのこと。
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数寄屋建築で有名な村野藤吾の設計です。当日は裏千家又隠(ゆういん)の写しである「東光庵」、表千家残月亭の写しである「月歩の間」を見せていただきました。
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建物の中に露地があり、窓の外に日本庭園が広がっています。灯篭はフランク・ロイド館の頃からのものだそう。
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月歩の間
まずは月歩の間を見せていただきました。
椿さん:こちらは表千家にある残月亭の写しです。本歌の方は、床の間は畳の間で一段高いところにあります。そもそも聚楽第にあり、床柱に秀吉がよりかかって、突き上げ窓から月を眺めたので残月亭と名付けられたと言われています。こちらは1970年に完成しましたが、1969年にアポロ11号が月面着陸したことから「月歩の間」と名付けられました。こちらは松の木を2枚合わせた板の間です。柱の位置が角ではなく、20cmほど控えた場所にあったり、洞床になっていたりと、少しずつ違いがあります。
根本 知(以下、知):そんな風に違いを持たせるものなんですね。
椿さん:写しを作るということは、本歌に対する尊敬の表現ではありますが、本歌よりも格を下げることで、さらに尊敬を表現する、そういう考え方があるそうです。
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三尋木 崇(以下、崇):床柱が角からずれていることで、部屋の広さを感じますね。
椿さん:「もっと近くでお花とお軸をご覧なさい」と言われているように感じる、とおっしゃっていた方もいらっしゃいました。私もそんな風に感じます。
知:今日のお軸は・・
椿さん:「歩々道場」を掛けさせていただきました。小林太玄和尚の書でございます。人生を一歩一歩着実に丁寧に進むことで、その一歩ずつがいずれ自分を成長させる修行の場、というような意味かと思います。椿に照葉を合わせました。花入れは備前でございます。
知:心が引き締まるような言葉ですね。
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崇:天井の意匠も美しいですね。
椿さん:村野藤吾先生の意匠です。本歌には突き上げ窓があると申し上げましたが、もちろんここは建物の中なので突き上げ窓はありません。その代わりに天井からの光を調整しているんですね。
崇:この意匠と隅が三角形に抜けていることで、明るい印象がありますね。
椿さん:先ほどお伝えしたように、本歌への尊敬からデザインを変えているところもありますし、村野藤吾さんが独自の工夫を加えた部分ももちろんあると思います。ここでお客様をお迎えしてお茶を点てていると、村野先生が工夫を凝らされたことがだんだんと伝わって来て、日々発見がありますよ。
椿さん:ではお茶を一服差し上げますね。しばらくお待ちくださいませ。
崇:電熱ではなくて、炭で沸かしてくださるんですね。
椿さん:やはり炭で沸かしたお湯は、お茶が美味しく淹れられるんです。
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お茶を一服
椿さん:お待たせいたしました。まずはお菓子をお召し上がりください。
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昌:わあ・・美味しそう・・
知:お花かな?
崇:波みたいでもありますね。
椿さん:今日のお菓子は虎屋さん「吹上の浜」でございます。たった今届けていただきました。吹上の浜は和歌山県の紀ノ川河口あたりの浜のことで、歌枕として有名な場所なのだそうです。菊の花が浜風にゆらめくさまを表したお菓子ということです。
知:「秋風の ふきあげにたてる しらぎくは 花かあらぬか 浪のよするか」。菅原道真ですね。
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知:大変美味しいお茶を、ありがとうございます。
楓さん:今お出ししたお茶碗は、伊勢物語の意匠です。
崇:在原業平かぁ・・。
昌:根本さんに似合う~。
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昌:月のお茶碗も、三尋木さんに似合っていますね。
崇:「月歩の間」ですしね。
昌:猪俣邸の時も感じたのですが、この時代の建築には独特の温かみがあるような気がします。
崇:この時代の茶室は、材料も吟味され、組み合わせで数寄屋、草庵の雰囲気を出していると思います。今の建物は既製品の組み合わせであることが多いですから。
昌:ふと気づけばふすまの唐紙もかわいいですね。
楓さん:千鳥なのか都鳥か・・私たちも分からないのですけれど、とてもかわいらしいですよね。
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東光庵(小間席)
小間席「東光庵」も見せていただきました。
椿さん:こちらは裏千家「又隠(ゆういん)」の写しで、4畳半の小間席です。今はコロナ対策でお茶はお出しできないのですけれど、どうぞ入ってご覧ください。
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椿さん:お軸は「平常心」。通常は「へいじょうしん」と読みますけれど、こちらは「びょうじょうしん」と読んでいます。
知:仏教用語で渡来した言葉はそういった読み方をしますね。「明(みん)読み」というそうです。
崇:天井も特徴的ですね。
椿さん:竹の網代天井は、開館以来修復していないと思うのですが、非常にきれいな状態が保たれています。
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昌:そう言えば猪俣邸も、旧前田家本邸も又隠の写しのお茶室でしたよね。
崇:流派を問わず使いやすい茶室であり、標準的な大きさなんです。
昌:同じ写しでも、天井や窓の作りなどで全く雰囲気が違うことも面白いですね。
知:写しといっても自由であることが印象的です。今日伺った、本歌より少し格を下げるという考え方も日本的だなと感じました。
椿さん:季節ごとにしつらえも変わります。今日はお見せできませんでしたが、武者小路千家「行舟亭」の写しである「松濤の間」もあります。またお気軽にいらしてくださいね。
椿さん、楓さん、本日はありがとうございました!
(文:山平昌子 写真:山平敦史)
三尋木 崇(みひろぎ たかし)
「五感を刺激する空間」をテーマに、建築と茶の湯で得た経験を基に多様な専門家と共同しながら、「場所・時間・環境」を観察し、“そこに”根ざした人、モノ、思想、風習を材料に“感じる空間体験”を作り出す。 普段は海外の大型建築計画を仕事としているため、日本を意識する機会が多く、そこから日本の文化に意識が向き、建築と茶の湯を足掛かりに自然観を持った空間を発信したいと思うようになり、活動を開始した。 2009年ツリーハウスの制作に関わり、2011年細川三斎流のお茶を学び始めてから、野点のインスタレーションを各地で行う。 ツリーハウスやタイニーハウスといった小さな空間の制作やWSへの参加を通して、茶室との共通性や空間体験・制作のノウハウを蓄積している。
2022年の思い出は、妄想庵の建物見学で、おいしいスイーツを食べながらお話しているとき。 2重の喜び。
根本 知(ねもと さとし)
かな文字を専門とする書家。本阿弥光悦の研究者でもある。2021年2月、「書の風流 ー 近代藝術家の美学 ー」を上梓。
2022年の思い出は、幼い娘と沢山プールに行ったこと。
山平 敦史(やまひら あつし)
鹿児島県出身。フリーランスカメラマンとして雑誌を中心に活動中。
2022年の思い出は、テニスの大会で優勝したこと(シニア部門最年少)と、茶道の雑誌で仕事ができたこと。
山平 昌子(やまひら まさこ)
茶道を始めたばかりの会社員。「ひとうたの茶席」発起人。
2022年の思い出は、暑い日にひんやりした水羊羹をいただいたこと。