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【10クラ】第34回 柔軟な白

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第34回 柔軟な白

2022年5月27日配信

収録曲
♫ヨハン・セバスティアン・バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 BWV846 より プレリュード

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

風通しの良い音楽が好きだ。音楽は時間と共に現れ消えてゆくものであるが、梃子でも動こうとしない音楽は「止まって」いて息苦しい。道を歩くのに決まりごとがたくさんあったら動けなくなるのと同じように(どちらの足から踏み出して歩幅はこうで何秒で辿り着いてくださいなどと言われたら気絶してしまう)、良い音楽は聴き手にも奏者にも「遊ぶ」余裕を与えてくれる。

シンプルなひとつの音型で紡ぎ出される美は至宝である。1960年代、音楽にも「ミニマル」の概念が流行し(それに少し先立って美術ではカンディンスキーらを代表とする抽象画が沸き起こる。音楽は常に他の芸術を少し後ろから追っている)、イタリアのルチアーノ・べリオやハンガリーのジョルジュ・リゲティなどがそれを具体化した。まるでパッチワークのように素材を織りなしていくべリオの『セクエンツィア』などは、意味不明すぎる魅力に満ちている。しかしながら、バッハのシンプルで理知的な素材を見れば、究極の「ミニマル」とはここに到達しさえするのではないか―などと思えてくるのだが、いかがだろうか。

巨大な作品集の1曲目を飾る「始まりの白」―淀みなく洗練された音の列は柔軟に光や色合いを変えながら私たちの心身を癒す。余分なものを綺麗に流してくれるようでもある。それは決して押しつけがましくなく、自然体で、さりげない。おそらくドイツ流の弾き方と、フランス流の弾き方は音の出し方から違うと思う。テンポ感もそれがゆえに変わってくる。それもまた、バロックならではの即興性とも言えるし、柔軟性とも言えるだろう。通奏低音をもとに奏者が即興を繰り広げていくバロック時代の音楽には、柔軟な遊び心が欠かせない。

バッハはひょっとしたら、長いクラシック音楽の歴史のなかで一番を争う実験者かもしれない。教会オルガニストでありながらミサに収まりきらない「ミサ曲」なんて書いてしまうような人だから。一体どのような景色が見えていたのだろう?
偉大な作曲家だからこそ、常に真摯に音を見たいし正直に「遊び」たい。音楽の遊び―それは音を慈しむこと。
バッハの音そのものの美しさに、奇を衒うことなくできる限り澄んだ耳と心で向かいたいと願いつつ。

クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/