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【10クラ】第13回 若手スターの旅立ち

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第13回 若手スターの旅立ち

2021年6月11日配信

収録曲
♫セルゲイ・ラフマニノフ:《幻想的小品集》Op.3 より 第2曲「前奏曲」嬰ハ短調《鐘》

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC :深貝 理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

わずか3つの音から成されるモチーフの繰り返しがこれだけ深く凄みを帯びていることに驚きを隠せない。頭の良い人ほど分かりやすい言葉で簡易に話すというが、これは音楽でいうところのそれではないだろうか。

もはやこれだけの深さと暗さを帯びている作品が、19歳の頃の作品だということも改めて思うものがある。ラフマニノフの音楽は精神的な闇が濃密な音によって紡がれていく。ロシア芸術全般が非常に広大な精神世界を描いていることは言うまでもないが、ラフマニノフは幼少期からのバックグラウンドも大きく影響しているだろう。

貴族の家系に生まれ、有能な音楽家の親戚もいた。そこだけを見たら恵まれていると錯覚してしまうが、父親の経営悪化と破産による家族の別離はセンシティブな性格に拍車をかけたという。奨学金を得られたために音楽の道を歩むことができた。同期にスクリャービンという逸材がいたことも相まって、演奏家・作曲家として生きていくべく勉学に邁進した。

ラフマニノフが生涯を通じて多く使った素材は、ロシア正教会やグレゴリオ聖歌、ロシア民謡、ロシアの大地を司る自然であった。
「甘いメロディ」と称されがちなラフマニノフの音楽は、おそらく日本人の私たちが想像できないほどに濃い暗闇があり、濃い思想がある。夢見るようなロマンティシズムではなく濃厚な官能であり、そよ風吹くような映画音楽ではなく壮絶な大海の波がある。

熱心な信仰心を持っていたというわけではなかったようだが、ラフマニノフは宗教的なモチーフを連ね、真剣で深刻な音楽を描いた。その代表格がグレゴリオ聖歌《怒りの日》である。
「終末論に基づいた最期の審判の下されるとき」を歌うこの聖歌は数々の作曲家によって用いられてきたが、ラフマニノフもこのメロディを多用した。
このメロディを暗示させるような下行型の音型も好んでいた。《鐘》は早くもその傾向が見受けられる。また、教会的な響きと荘厳な曲調は大帝国のロシアにふさわしく、人民としての祈りも感じられ、当初から大センセーショナルを巻き起こした。
モスクワ電気博覧会のイベントにて華麗に登場した若者は、その期待通り人気スターとして歓迎された。

注目を浴びたが故に、その後の作品や作風について厳しい風当たりに晒されることにもなった。品の良いチャイコフスキーを継いだスタイルは当時の象徴主義や帝国主義、前衛派とは程遠い路線であり、時代遅れともしばしば言われた。
自信喪失、心の病と闘ったこと、そこから精神科医を通じて快方へと向かったエピソードは有名だが、そもそも心というものはすっきり昔に戻ることなどなく、病んでしまった何かしらの物理的原因を取り除けたとしても、完治する、あるいは何のしこりも残さず忘れてしまえることなどあり得ない。ラフマニノフの心に圧し掛かった負荷というものは、生涯通じて残っていただろうと察する。
名声と地位を確立してからも、自分の私腹を肥やすわけではなく芸術基金へ充てていたことから見ても、ラフマニノフという作曲家が繊細な神経を持っていたことを垣間見ることができるように思う。

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musiquartierーピアニスト深貝理紗子のミュジカルティエ
クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/