【10クラ】第22回 帰りたいところ
10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第22回 帰りたいところ
2021年10月22日配信
収録曲
♫ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番 ハ短調 作品13《悲愴》より 第2楽章
オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」
演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)
プログラムノート
喧騒に疲れたときに静けさを求めたくなる人は多いだろう。
あるいは聞こえてきた音に、図らずも心の殻が解けて泣きたくなる、気持ちの奥のほうがじんわり温かくなる、そんな経験はないだろうか。
おそらくそちらのほうが重症なのだが、人はこういった瞬間に初めて、自分がこんなにも強張った心になるまで駆け抜けていることに気がつくものだと思う。
私にとってはシューベルトとベートーヴェンの緩徐楽章がそれである。
このふたりの緩徐楽章は似ているようで全く正反対の性質を持っている。
同じく天上を見た音楽ではあるが、シューベルトの方向性は「死」による安らぎと憧れ、一方のベートーヴェンはひたすらに「生」の愛と喜びを夢見ている。
私は20代の初めのほうまではシューベルトの音楽に傾倒していたが、あるとき危うさを感じた。以降一線を引いておかなくては、と気をつけるべき作曲家になった。あまりその世界に引っ張られては、病に冒されそうだ。もちろん、特別な存在であることに変わりはないが。
ベートーヴェンにはいつも鼓舞される。生きる鼓動がそこに在る。
一度は遺書まで残したほど人生に絶望した人間が書き記した「生きるエネルギー」は大きな説得力と包容力をもって迫り来る。
「クラシック名曲」に必ずと言って良いほどの人気を誇る《悲愴》の第2楽章は、美しく浸透する優しさから始まり、孤独を経て、ざわめきをも経て、この短い時間の間に葛藤を表現し、溶け込むような温かさへ至る。
葛藤を描き出す人間臭さは、プラスの言葉を並びたてるよりも居心地が良い。
それでいてメロディと和声は宗教曲のような高潔さを称え、清涼感さえ同居する。
美しいメロディに時に食い込む「痛みの和声」に、強張った心は涙する。
心の襞や言葉の行間を描き出した作品ほど魅力的なものはない。そしてその繊細さは、多大なエネルギーをもってして初めて発揮される。
華美なもの、色の無いもの、愛の無いもの、奥行きの無いもの、個性のないもの、味気ないもの、なにか急に隔離されたような違和感を覚えたら、ぜひ一度ベートーヴェンに耳を傾けてほしい。
そこには色も強さも弱さも、知性も哲学も、挑戦も度胸も、涙も愛も、すべてが溢れている。
ここに、誰もが帰る居場所がある。
2021年10月22日配信
収録曲
♫ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番 ハ短調 作品13《悲愴》より 第2楽章
オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」
演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)
プログラムノート
喧騒に疲れたときに静けさを求めたくなる人は多いだろう。
あるいは聞こえてきた音に、図らずも心の殻が解けて泣きたくなる、気持ちの奥のほうがじんわり温かくなる、そんな経験はないだろうか。
おそらくそちらのほうが重症なのだが、人はこういった瞬間に初めて、自分がこんなにも強張った心になるまで駆け抜けていることに気がつくものだと思う。
私にとってはシューベルトとベートーヴェンの緩徐楽章がそれである。
このふたりの緩徐楽章は似ているようで全く正反対の性質を持っている。
同じく天上を見た音楽ではあるが、シューベルトの方向性は「死」による安らぎと憧れ、一方のベートーヴェンはひたすらに「生」の愛と喜びを夢見ている。
私は20代の初めのほうまではシューベルトの音楽に傾倒していたが、あるとき危うさを感じた。以降一線を引いておかなくては、と気をつけるべき作曲家になった。あまりその世界に引っ張られては、病に冒されそうだ。もちろん、特別な存在であることに変わりはないが。
ベートーヴェンにはいつも鼓舞される。生きる鼓動がそこに在る。
一度は遺書まで残したほど人生に絶望した人間が書き記した「生きるエネルギー」は大きな説得力と包容力をもって迫り来る。
「クラシック名曲」に必ずと言って良いほどの人気を誇る《悲愴》の第2楽章は、美しく浸透する優しさから始まり、孤独を経て、ざわめきをも経て、この短い時間の間に葛藤を表現し、溶け込むような温かさへ至る。
葛藤を描き出す人間臭さは、プラスの言葉を並びたてるよりも居心地が良い。
それでいてメロディと和声は宗教曲のような高潔さを称え、清涼感さえ同居する。
美しいメロディに時に食い込む「痛みの和声」に、強張った心は涙する。
心の襞や言葉の行間を描き出した作品ほど魅力的なものはない。そしてその繊細さは、多大なエネルギーをもってして初めて発揮される。
華美なもの、色の無いもの、愛の無いもの、奥行きの無いもの、個性のないもの、味気ないもの、なにか急に隔離されたような違和感を覚えたら、ぜひ一度ベートーヴェンに耳を傾けてほしい。
そこには色も強さも弱さも、知性も哲学も、挑戦も度胸も、涙も愛も、すべてが溢れている。
ここに、誰もが帰る居場所がある。
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クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。
深貝理紗子
https://risakofukagai-official.jimdofree.com/