【見本市】としての「海賊版サイト」活用のススメ
海外においてコングロマリットによるマーケティング戦略としてのソフトパワー展開から国家レベルのソフトパワー戦略まで、取り分けエンターテインメントビジネス(コンテンツビジネス)を仕掛けていた立場から見ると、日本の漫画(マンガ)海賊版対策は実に奇妙です。
もちろん、海外で海賊版サイトが全く問題になっていないという訳ではありませんが、日本の漫画海賊版サイトを巡る狂騒はむしろ産業構造によるところが大きいように思われます。
何故なら、純粋にビジネスとして捉えるならば、「海賊版サイト」を潰すことはプラスよりもマイナスの方が大きいからです。
今年(2021年)6月、『漫画村』運営者に対する福岡地裁判(著作権法違反と組織犯罪処罰法違反の罪)の判決が控訴なく、著作権に関する議論も中途半端なまま実刑が確定してしまいました。
しかし、『漫画村』を通じて閲覧できたマンガは『漫画村』自体が違法にインターネット上にアップロードしたものではなかったはずです。現行の著作権対策は著作権法第一条で宣言されている「著作権法の精神」に反しているように感じます。
著作権法
第一章 総則
第一節 通則
(目的)
第一条 この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
『宇宙戦艦ヤマト』著作権裁判では裁判資料を担当し、信託業法改正のタイミングでは著作権信託による全てのマンガを網羅した「漫画アーカイブ」を作りたいと鳥山明さんに勝手にプレゼンした身としては、今回の裁判において十分な議論がなされないまま判決が確定してしまったことこそが漫画界における本当の損失だと思っています。
『漫画村』取締り後も増加する海賊版サイト
『漫画村』取締り後も世界の漫画(マンガ)海賊版サイトは増加しているのが現実です。要因のひとつに世界的なコロナ禍がありますが、根本原因は他にあります。この問題は伝統的な中間搾取(中抜き)が正当化されている漫画業界の産業構造と密接な関係があるのです。
海賊版サイトによる被害は本当か?
まずはじめに、前提とされている漫画海賊版サイトによる被害は本当なのかという疑問があります。海賊版サイトは悪でしかないのかということです。
「コンテンツ海外流通促進機構」(CODA)によると、『漫画村』による被害は2017年9月からの半年で推計約3200億円、「一般社団法人ABJ」の推計では、20年1月から21年3月にかけ、五つのサイトだけで約3600億円の被害が出たとされます。しかし、そもそものマンガ市場規模からして、これらの推計数字に信憑性はありません。
それに、後述する海賊版サイトの「見本市」機能と「貸本屋」機能が勘案されていない時点でナンセンスです。正直なところ海賊版サイトによる損害額はこれらプラス面の機能による経済効果で相殺されているのが実態でしょう。海賊版サイトのプラス面に対する視点が完全に欠落していることは懸案事項を考えるうえでの大問題です。
海賊版サイトの問題点は著作権なのか?
そもそも、漫画海賊版サイトの問題点は著作権問題なのでしょうか?もちろん、著作権者の許可なく送信可能化権等を含む公衆送信権を行使することは著作権法に抵触します。問題は著作権者は誰かということです。漫画の場合、著作権者はクリエイターたる漫画家である筈です。海賊版サイト問題を考えるうえでの主役は漫画家でなければならないのです。
クリエイターたる漫画家は、発表・公開した自分の作品をひとりでも多くの人に見てもらいたいと考えるのが社会通念上の常識だと思われます。もちろん、それに伴い作品への共感や評価だけでなく、対価が得られることが切実な願いであることも疑問の余地はありません。
つまり、大胆に還元して捉えるなら、漫画家にとってのベネフィットは、①作品に触れてもらえる機会を増やすこと、②それに伴い報酬が得られること、以上の2点によって増大します。
【漫画家にとってのベネフィット】
①作品に触れてもらえる機会の増加
②それに伴い報酬が得られる
海賊版サイトで閲覧可能な状態にされた漫画は所謂「ファスト映画」と異なり改悪されていません。画素数が多少低下していたり、台詞が他言語に翻訳されていたりすることはあるでしょうが、改悪されることなく漫画家が創作したそのままの作品を見ることができます。このことは漫画家にとって①の条件を満たすベネフィットなのです。
海賊版サイトはデジタル社会の「貸本屋」
嘗て「貸本屋」という文化が日本に存在しました。江戸時代には写本を刷って安く貸し出し、20世紀においては漫画文化の母体でした。多くの人に対して閲覧機会を提供し、読者層を増やすという機能に限れば海賊版サイトはIT社会(デジタル社会)における「貸本屋」なのです。次に見るべきは②の条件です。
江戸時代の貸本屋は作者から作品の買い切り(著作権ごと買い取ること)が多かったようですが、現在は出版社でも作者から著作権ごと買い取ることは通常行われていません。ここで改めて立ち返るべきは、著作者にして著作権者である漫画家こそが主役でなければならないということです。つまり、海賊版サイトが漫画家のベネフィット条件①を満たしている以上、本当に考えなければならないのはベネフィット条件②なのです。
海賊版サイトの「見本市」機能
その前に、海賊版サイトにはもうひとつ重要な機能があることを忘れてはなりません。コンテンツに限らず、あらゆる商品やサービスには(時の権力による押し付けでない限り)普及活動が伴います。広告宣伝費を掛けたり、販促プロモーション費を投下したりして普及に努めるのは世の常です。
映画であれば予算を掛けてでも『カンヌ・フィルム・マーケット』(Marché du Film)や『アメリカン・フィルム・マーケット』(AFM)といった世界二大見本市に出展を考えてもおかしくありません。そんな「見本市」としての機能が海賊版サイトにはあります。海賊版サイトは「漫画の見本市」(漫画メッセ)でもあるのです。
真に必要なのは漫画家のためのマネタイズ
上述のように海賊版サイトには「見本市」機能と「貸本屋」機能というプラス面が存在します。海賊版サイトが持つ「見本市」機能と「貸本屋」機能は漫画家にとってのベネフィット条件①を見事に満たしているのです。それにも拘らず「見本市」機能と「貸本屋」機能を有する海賊版サイトをわざわざ潰してしまうとは何ともったいないことでしょう。
ここで本当に必要なのは主役である漫画家のベネフィット条件②を成立させることです。要するに海賊版サイト問題で真に取り組まなければならないのは、漫画家にとってメリットのある海賊版サイトを潰すことではなく、海賊版サイトで作品が閲覧されたとしてもクリエイターたる漫画家が対価を得られる仕組み、取り分けIT化された現代社会に対応したマネタイズシステムを構築することなのです。
海賊版サイト活用ビジネスモデル
通常、この工程をビジネスモデルの構築と言います。海賊版サイトを活用してそんなことできる訳ないと思われる向きもいるかもしれませんが、実際に可能なのです。なぜなら冒頭で述べた国家レベルのソフトパワー戦略において、それをドラマコンテンツで実現したのが私だからです。
海賊版サイトに限らず、(日本を除く)あらゆる国や地域の市場(マーケット)にドラマを無償提供しました。つまり、TVドラマシリーズをタダで配った訳です。結果として当該国のコンテンツは世界を席巻していると言って過言でないレベルに成長しました。もちろん、マネタイズの仕組み(これは秘密)を設けてありましたのでビジネスとしても成功をおさめています。
余談ですが、翻訳字幕などは現地のファンダム(fandom)を活用した方が総じてネイティブ(母語話者)の持つ感覚とマッチした翻訳クオリティに仕上がる傾向にあります。これなども海賊版サイトを活用したことで得られた収穫のひとつです。
海賊版サイトは著作権問題ではなくビジネスモデル問題なのです。
漫画業界のパラダイムシフト
漫画業界に関係する方々にお願いしたいのは産業構造のパラダイムシフトです。いまだに原稿料を手塚治虫以下に抑制したり、(漫画に限りませんが)出版印税が1割などでは、出版社と取次による中間搾取(中抜き)構造と言われても致し方ない状態です。また、単行本化されなかった作品であるにも拘らず、漫画家からWebを含めた他社媒体(メディア)での掲載機会を奪うなどの妨害行為はほめられたものではありません。
主役はクリエイターたる漫画家
インターネットなど世界はIT化(デジタル化)しています。漫画家を囲い込み、自分たちだけで流通ルートを独占しようという思惑は通用しなくなるでしょう。改めて強調しておきますが、主役はクリエイターたる漫画家なのです。
その主役たる漫画家たちが、《漫画村なんかハナクソみたいな問題で叩いている人は「タダ読み=泥棒」から思考停止してる》《出版業界こそが旧態依然としたムラ社会の「漫画ムラ」》と声をあげているのが現実です。
世界的な漫画プラットフォームの脅威
もし自分たちだけではビジネスモデルを構築できないというのであれば、中国系BATHTMDのように私を雇うなりすればいいだけの話です。BATHTMDのひとグループからコンサルタントを引き受けエンターテインメントビジネスプラットフォームを整理した際にアニメなどのコンテンツ政策の再構築を実施しましたが、個人的には日本人として日本コンテンツへの想いがあるので董事(取締役)就任などはお断りしています。
ですが、GAFAMやBATHTMDなどが世界規模の漫画プラットフォームを構築するのは時間の問題です。日本が漫画家のためのマネタイズシステムを構築するか、あるいは潔くコンテンツを1箇所に集約した独自の漫画プラットフォームを構築しなければ、プラットフォームを海外に持って行かれるだけです。
そうなれば、漫画だけでなくコミック(comic)やバンドデシネ(bande dessinée)、ウェブトゥーン(Webtoon)、さらにNFTなどが統合された巨大プラットフォームが誕生し、日本はイニシャルやサブスクリプション、手数料などを海外プラットフォーマーに払い続けるだけの存在に成り下がることになります。
そうなる前に、改めて漫画業界に関係する方々に産業構造のパラダイムシフトをお願いします。少なくともクリエイターたる漫画家が主役となる持続可能な漫画プラットフォームの構築は急務なのです。