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ベートーヴェン 6つのバガテル Op.126 ベートーヴェンの境地を垣間見る

この作品は、ベートーヴェンがあの偉大なピアノ・ソナタ第32番の後の作品である。私はソナタ32番でベートーヴェンは天国へ昇天してしまったと、感じている。

ところが彼はその後もピアノ曲をいくつか書いている。いずれも小品である。「6つのバガテル」は1824年の作品ということで、ピアノ曲としては最後の部類だろう(その後も数曲書いているが、作品番号がふられていない)。しかも、作品番号ではあの「交響曲第九番」Op.125の次だ。

手元の「ポケ判 音楽用語辞典」で調べるとバガテルとは、

bagatell【仏バガテル】バガテル、ピアノの小曲、簡単な内容の小曲。

★引用 「ポケ版 音楽用語辞典」(森島洋一著 aanmusic発行)

「第九」という大作を書き上げたベートーヴェンの境地はどんなものだったろうか。健康もすぐれず、また経済的にも大変なこの時期にもかかわらず、彼はこの歴史的な作品を書き上げた。まさに音楽のために身を削る日々であったはずだ。きっと虚脱状態に等しかったのではないか。

だから次に書く気持ちになったのが、自分が最も愛する楽器ピアノのための、どちらかといえばリラックスしながら書き進めることのできる小品であったのは当然だろう。

バガテルといえば小曲をまとめて曲集として発表するケースがほとんどのようだが、このOp.126は6曲がまとまった組曲のようでバランスのよい構成になっている、というのが通説である。どの解説書にもその手の記述がある。ベートーヴェン自身もこの6曲を連なりとして意識し、一気に書き上げたのではないだろうか。

作品の繋がりも緩急交互になっていて飽きさせない。
(1)ト長調 Andante con mott(Cantabile e compiacevole)
 ゆったりとした静かなメロディが心を洗う。時に散りばめられるトリルがアクセントとなり刺激的。和音からはずれた音が時々出てくるのも新鮮だ。途中情熱的な箇所があり気分は高揚するが、平安な心に戻ってくる。一つ一つの音をかみしめるように書かれている美しい曲だ。
(2)ト短調 Allegro
 バッハを思わせるようなキビキビとしたメロディのすぐ後、急にリズムを変えたフレーズを持ってきているのが面白い。高音と低音が会話するように続くメロディがいい。後半はピアノ・ソナタを思わせる充実した曲想で圧巻。
(3)変ホ短調 Andante(Cantabile e graziozo)
 これも静かな曲。メロディが素晴らしい。歌詞をつけたくなる。情熱的な恋を、静かに語る詩のような音楽。涙がでそう。終わりたくない気持ちで、ためらうように続く長い長い最後の部分がいい。
(4)ロ短調 Presto
 ダイナミックな舞曲のような音楽。バレエに使えそうだ。どこか異国風なメロディもいい。曲の流れを中断させるように突然入る低音のアクセント。同じ低音フレーズで、高音のメロディだけが変わるという、おもしろい部分もある。即興で作り上げたのではないかと予想するが、この単純さにもまた味がある。
(5)ト長調 Quasi allegretto
 これも歌のような、明るくそして寂しいメロディである。秋の風。深いフレーズの音楽による会話が楽しい。
(6)変ホ長調 Presto; Andante amabile e con moto
 曲が終わるような錯覚をする激しい前奏。脅かされているようだ。続いてゆったりとした舟歌のようなメロディが静かに続く。後半は低音を、ふんだんに使った深淵なフレーズ。部分によってはソナタ32番の第二楽章を彷彿させる。そして、再び冒頭と同じの激しいフレーズをクライマックスとしてこのバガテルをしめくくる。

ベートーヴェンのピアノ曲だがなぜかロックやジャズを聞いているような錯覚も感じる。不思議だがどうも現代の音楽に通じる所が少なくないのだ。たとえば第4曲目の途中に出てくるフレーズがまるでジャズを思わせる。そういえば、エマーソン・レイク&パーマーのメンバーであるキース・エマーソンのピアノだけによるCDでも同じ高揚感を感じた。そうか、ベートーヴェンは現代も常に新しいんだ!

ベートーヴェンは晩年、健康状態の悪さ、私生活でのトラブル、ウィーンの音楽界から疎外されていたこともあり、人付き合いが極端に悪かったという。客を時折追い返したこともあったらしい。しかし、基本的には来客は喜び、饒舌に語った(もちろん筆談帳を介して)という。その時、

「音楽に関していえば、ウィーンという都の高貴な時代は終わった。だが、そんなことはどうでもよい。私は自分を楽します音楽を書きたい、ただそれだけだ。」

と、語ったという。この境地。「6つのバガテル」はそんなベートーヴェン自身が自らを楽しませるための音楽として書いた、私はそう信じている。

【私の聞いたCD】
 ベートーヴェン バガテル 作品33&作品126
 Beethoven Bagatelles Op.33 & Op.126
 グレン・グールド Glenn Gould
 

No.8-13が「6つのバガテル」です。

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