「オーヴァーズ」Overs/サイモンとガーファンクル「ブックエンド」第4曲
耳を澄まして良く聞くと、冒頭数秒後にマッチの火を付けたような音、そして、かすかな息づかいが聞こえます。前奏無しでいきなりポールの悲痛な声で歌は始まります。
かきむしるようなギターのアクセントが、耳に突き刺さります。
別れ話。それも、長年連れ添った夫婦のようです。
きっと、もはや会話もなく、毎日をただ静かに過ごしているのでしょう。会話がなくとも、心が通じ合っている夫婦もあるかもしれませんが、この二人は、すでに心もバラバラのようです(ポール・サイモンの歌にはよくニューヨークタイムズが登場します)。
しっかりとしたポールの歌声は、まるで映画の俳優のような語り口に聞こえます。シンプルなギターの伴奏が、実に効果的です。この歌では伴奏にはギターだけしか使用されていなく、それもほとんど一本だけ。芸術的伴奏で素晴らしいですよ。
感情の共有でもある「微笑み合う」う行為を、すでに全部し終え、この先人生で再び本当に共に笑うことがないとすれば、この先二人で過ごすことは、拷問にも等しいのかもしれません。
ポールの深みのあるソロに続き、アートが天から降りてくるような聖なる声で次のフレーズが始まります。
この部分の高音ヴォイスはアートの独壇場。本当に美しいです。それに、tapping、hangin'、rattlingのようなどちらかというと鋭どく発音すべき歌詞も、ソフトな雰囲気を損ねることなく丁寧に歌うテクニック。まさに聞きどころですね。
And I wonder と高い音のフレーズは、ポールの現実的なヴォーカルに再び引き継がれ、
サッカリン(甘味料)を、習慣の例えにするなんて、ポール・サイモンらしいですね。そして、ここからが歌のクライマックス。
結局主人公は、常に悩んでいるけれど、止めるんです、別れることを。心が通じていないと感じているパートナーとの別離が現実となる瞬間を恐れている、避けている、勇気がないのか、まだかすかな思いがパートナーに対し残っているのか?それは謎です。でも、男女の別れという永遠のテーマにおける、不思議な葛藤がこの短い歌の中によく描かれている。深い歌です。
映画「卒業」のためにポール・サイモンが新たに書いた歌は結果的に数少なかったのですが、そのひとつが「オーヴァーズ」です。あの映画のテーマには、この歌はぴたりとはまっていたと思います。ロビンソン夫妻の関係など、まさにこんな感じでしょう。
しかしながら、この作品は映画の挿入歌として採用されませんでした。監督の感性に合わなかったみたいです。
もっとも、ポール・サイモンの歌声は、映画のあの夫婦の派手目なキャラクターは合わないと私は思っています。全く別の台本と演出で、「オーヴァーズ」を挿入歌にした映画やドラマなら、味わい深い渋い作品ができる気がします。
私自身、若い頃は特に歌詞の内容がピンとこなかったせいか、それほど心に残っていなかったのですが、この歳になりしみじみと良さがわかるようになりました。大人の歌ですね。
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