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(音楽話)130: Björk “Venus As A Boy” (1993)

尖った妖精


ヒト: Björk

本名Björk Guðmundsdóttir、日本語読みだと大体「ビヨルク・グズムンズドッティル」。彼女は年齢という概念すら超越している気がしますが、1965年アイスランド・レイキャビク生まれ。主に母の影響で音楽に没頭し、5歳で楽曲制作を始めた早熟さ。12歳(!)でリリースしたソロアルバム「Björk」はアイスランド民謡やThe Beatlesのカヴァー("Fool On The Hill")など多様なジャンルを収め、天才少女現ると当時話題になったんだとか。その後10〜20代で様々な楽器にチャレンジしながらいくつかのバンドでアルバム制作やツアーを経験しますが、あまり売れませんでした。
1986年、21歳の時に当時の彼氏(ギタリスト)と結婚、出産・育児と並行して組んだバンドがThe Sugarcubes。これまでの経験値を注ぎ込み、英語主体の歌詞とわかりやすいサウンドを志向し、遂に英国や欧州で徐々に売れ始めて"Birthday", "Deus", "Regina"などがヒットしました。
私にとってBjörkとの出会いは、彼らの最大のヒット曲"Hit"(1992)。ピエロに囚われ操られている(?)少女、奇妙なコスチューム、神経質なヴォーカル、でも楽曲自体はとてもポップ。初めて見た彼女はとてもコケティッシュ、ロリータに見えて、見てはいけないものを見てしまった禁忌感と、見ずにはいられない感覚に同時に襲われたことを今でも覚えています(でもこの当時、既に息子がいるんですよね…)。残念ながら92年末にバンドは解散。彼女はソロ・キャリアを本格化させます。

1993年にソロアルバムをリリース。前述の通り元々はソロデビューしていますがあえてタイトルは「Debut」とし、シングル"Human Behavior"(名曲)や"Venus As A Boy", "Play Dead"などと共にヒットし、特に欧州で彼女は一躍有名になります。以降順調にアルバムをリリースし、"Hyperbalad"(以下動画=名演です), "Yoga"などのヒット曲にも恵まれます。

Björkのサウンドは、自身が作る素朴なメロディに時代に応じた最新のトラックメイカーたち(Nellee Hooper, Tricky, Mark Bell, Howie B, Timberland, Arca など)が味付けを行い、彼女の民俗的な独特のヴォーカリゼーションが乗っかることで唯一無二な存在感を醸成します。この誰も聴いたことのないサウンドに憧れたシンガー、ミュージシャンは大勢いて、椎名林檎はその代表例と言っていいのでは。
(そういえば、00年代当時仲の良かった友人シンガーたちは皆Björk好きでしたねぇ…元気かな…)

1995年 rockin'on 8月号で表紙を飾るBjörk。日本でも人気に

90年代後半の彼女の勢いは凄まじく、それは映画界にまで飛び火。2000年には「Dancer In The Dark」で主演。描写のリアルさと冷徹な視点で観る者の好き・嫌いがはっきりわかれるLars von Trierが監督のミュージカル映画で主人公・セルマを演じました。劇場公開当時観に行きましたが、一言で言うととてもとても怖かった…彼女が役に完全に入り込むタイプなのがなんとなく想像でき、劇中の彼女が演技なのか素なのか全くわからない。とても危うい空気が全編、スクリーンの向こうで漂っていました。
実際、(観たことのない方のために内容は伏せますが)劇中でセルマが起こすある事件を撮影した際、監督が彼女に「君はなんてことをしたんだ」と繰り返し囁いたそうで、結果彼女は本当に1ヶ月ほど失踪して撮影が中断した、というのは有名なエピソードです。そんな映画ですが非常に高い評価を受け、彼女はカンヌ映画祭でパルムドールを受賞しています。

その後、一時期治療のため休業したこともありましたが、今日までマイペース、しかし異様なまでに濃い内容のアルバムを毎回リリースしています。独立性、個性への賞賛と、自由の重要性、あらゆる差異への許容など、音楽に宿すメッセージはどれも極めて真面目で、彼女自身の出自、いや、彼女自身にすら焦点を絞れずそれ以外との境界線が曖昧になり、すべて地球に溶けていくかのような世界観を創り上げています。
それを体現しているかのような強烈なインパクトが、彼女のライヴ衣装。年々その尖り具合は鋭角になっていて、素顔はほぼ見えず、体型もほぼわからず、奇抜な衣装と装飾を全身に纏うBjörk。芋虫?幼虫?蝶/蛾?のようなフォルムが多い印象…これも強いメッセージが込められているのでは?と勘繰ってしまうのも、彼女の無比な存在感だからこそでしょうか。

形容しがたい衣装・その1
形容しがたい衣装・その2

曲: "Venus As A Boy"

今回は正攻法、1993年のヒット・シングル"Venus As A Boy"のMVです。The Sugarcubes時代のコケティッシュなイメージを踏襲しながらも、そこに料理という生活感を混ぜ込んだ映像。サウンドやリズムが朗らかでチルアウトな雰囲気ですが、歌詞はかなり直接的で性的なもの。映像自体もその歌詞の暗喩を全体としては表しているような…彼女がずっと持っているがその象徴かと。少年ヴィーナスと交わることで生まれるものーーー生命や愛、想い、性、快楽などを「卵」として表しているように思えます。しかもその卵、MVの中で彼女、茹でるんですもの…なにやら想像しながら。茹で上がる卵…ハイ、これ以上の妄想は止めておきます。
とにかく、見た目と歌詞のギャップがとても鮮烈で、それを知るとBjörkの意外性や妙な深さを垣間見るという仕組み。非常に計算された映像です。

作詞・作曲はBjörk本人、プロデュースはNelly Hooper。サウンド・イメージの出所としては、当時の彼女の彼氏や友人の影響を多分に受けていると言われていて、アンビエントな空気感、インド楽器(Tabla)の取り込み、彼女自身が弾くキーボード(サンプラーは最低限しか使わず人力でほぼ出力したらしい)などをブレンド。それを、誰が聴いても一発でBjörkとわかるサウンドに仕立てたNellyはさすが。

人間≠Björk=妖精

妖艶といっていいのか、合法だと断言していいのか、少女性を認識して良いのか、当時の私の未成熟な頭では判断できなかった90年代のビジュアル。「Debut」以降、アルバム毎に変化して聴く者を光年レベルであちこちにすっ飛ばしていくサウンド。90年代だけでも非常に濃い内容を残したBjörkは、00年代以降もその傾向を加速させました。
その根底にあるのは、アコースティック、オーガニックな楽器・声の響きに対する愛着と、アナログ/デジタル関係なく脳内の底に届くような1音1音が鋭いサウンド。私小説的なものよりも普遍的で大きな視点による啓発・警鐘を感じさせる歌詞。結果として、彼女に比肩できる者は現世にはいないかもしれません。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それほどに彼女の存在感はユニークなのです。

生活感を感じさせないエンタテイナーは多いですが、Björkはその最たる例。浮世離れしたオーラを放っています。でも実際は息子がいる。昔のインタビューでは日常生活の話とか育児の話とかもしてましたっけ。それでも、私たちはそれらを実感できないというか、想像できないほど、彼女は強烈。

言い方悪いかもですが、Björkは人間ではありません。言うなれば、妖精。妖怪と呼んでも良いのかもしれませんがそれだと可愛くない気がするので、妖精。しかも尖った妖精。非常に先進的で、先鋭的で、過激…あ、でも、どこかに牧歌的なニオイがするのは、子どもがいる=母性から来てるのかもしれませんが。

まぁ、こうしたレビュー自体ウザくて理屈っぽいですよね多分。もっと単純に音楽を楽しめば良いのですけど、残念ながら私はこうして音楽を咀嚼しながら深く味わうことが喜びだったりするので、無駄な講釈が多くなるのです。いつもすみません。

意訳: "Venus As A Boy"

彼のちょっとした意地悪心が
刺激的なセックスに誘う
彼の指は彼女に集中
そして触れる 彼は少年ヴィーナス

(chorus)
彼は美の存在を信じてる
少年ヴィーナスとして
彼は美と誠実は両立すると思ってる
(chorus)

彼はじっくり彼女を味わう
興奮するしとても正確
彼女の美しさを引き出してる
彼はヴィーナス 少年ヴィーナス

唇が全身を這っていく そう、そして
そこがいいの ちょっとそれは そして

(chorus x2)

Björk "Venus As A Boy" 意訳

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