(音楽話)124: Sheryl Lee Ralph “In The Evening” (1984)
【汝、己を愛せよ】
私は、あまり自信がありません。
心の奥底では、私はかなりの自信家です。多くの方々が遭遇したことが無いであろう物事(良い・悪いは別)を多く経験してきたつもりですし、そこから貴重な経験値、教訓、参考、糧を得てきたつもりです。自分にしかないものがある、と信じてはいます。
しかしいくら振り払っても、どうしても他人と自分を比べてしまう自分もいます。他人の人生や生活ぶりを羨んだり妬んだり…SNSのあるこの時代、嫌が上でもそうした情報が目に入ってきてしまうので、余計にその傾向は強くなります。SNSを見なければいいじゃないかと言われそうですが、情報に触れることで得られる恩恵や気づきを、そう簡単に手放すことはできません。
内面の自負・プライドと、充実した他人・青々と見える景色とのせめぎ合いは、時として自分を引き裂きます。その時私は自暴自棄になり、何もかも嫌になり、一線を超えて楽になろうとすら思うこともあります。そして、そんな自分自身を違う自分自身が把握していて、最悪の事態にならぬよう自分の機嫌を取ろうともします。
(それに気づいて余計自己嫌悪になるのですが)
なんだかんだ言って、私もそれなりの年齢になりました。そしてこれまでを振り返った時、目を見張るような功績が見当たらないと感じてしまいます。なんのために生きてきたのか、お前は何者なのか、お前なんて居なくても全く問題ないんじゃないのか…。
これを言うと大抵、友人知人仕事仲間、色んな人から怒られる。でもどうしても、この墜落していく思考の悪癖は拭うことができずにいます。
SNS(インスタだった気がします)のおすすめを眺めていた時のことです。とある授賞式のスピーチの抜粋動画が流れてきました。そしてそこで聞いた言葉に、私は強烈に左の頬を引っ叩かれた気がしました。
以降ずっと忘れられず、YouTubeでなんとか探し出し、今でも時々見返している言葉。よろしければ、以下動画の1:35〜をご覧ください。
もしかすると、あなたにとってこの言葉は大して響かないかもしれません。でも私のような、自分に自信を持ちにくく、ポジティヴな思考を維持できず、常に他者を羨んでは妬み、自己をさらに卑下して闇堕ちしていく人間にとって、この言葉がどんなに深く突き刺さったことか。「あんた、いつまでも何やってるのよ?他人と自分を比べるよりもまず、自分を愛しなさい!」と、面と向かって平手打ちをくらった気がしたのです、愛のある叱咤として。
この人はSheryl Lee Ralph、米国の女優です。1956年米国コネチカット州ウォーターベリーで、大学教授の父とデザイナーの母の間に生まれました。10代の頃から演劇に没頭し、70年代後半頃からテレビドラマ、その後は多数のミュージカルにも出演し、キャリアを積んでいきます。現在もテレビドラマに出演し続けていて、米国では有名な名脇役。もちろん、多数の受賞歴を誇ります。
また彼女はその堂々たる歌声で84年にはシンガーとしてもデビュー。今回の"In The Evening"はその時のヒット・シングルです(ビルボード誌ダンスミュージック部門で5位)。
(すみませんが今回は意訳無しです)
先程のスピーチ動画は、2023年Critics Choice Awards(放送映画批評家協会賞)で、彼女が最優秀助演女優賞を受賞した時の模様です。前半で関係者に感謝を述べた後、前述の言葉でスピーチを終えています。
キャリアの駆け出し期に、彼女は非常に多くの侮辱、ハラスメントを受けてきたそうです。スピーチにもありますが、19歳の時にとある業界大物から「お前の居場所はここ(ショービズ界)にはない!」と放言されたそうですが、それでも心ある関係者たちから「君は良い役者だよ」と言われ、歯を食いしばって俳優を続けることができた。日常的に様々な差別や偏見がありながらも、ブレずに、自分ができる精一杯のことを続けた結果が、現在の彼女。そんな彼女の「You better love what you see」は大変実感がこもっていて、重い言葉です。
「汝、己を愛せよ」はキリストの言葉であり、本来の意味は「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」です。しかし私にとってこの言葉は、まさに「You better love what you see」を聞いた時に浮かんだものです。キリストには申し訳ないですが、私はこの言葉を叱咤激励の言葉として受け止め、以降生きています。
エンタテインメント自体は、人生に絶対的に必要なものではない=実際の生活そのものにはクソの役にも立ちません。エンタテインメントでお湯は沸かせませんし、白米はできません。水は出てきませんし、毛布になるわけでもありません。そして常にあなたに教養や知識を提供するものでも、人生訓をもたらしてくれるものでもありません。
しかし、エンタテインメントの背景、エンタテインメントを生み出す者、エンタテインメントを享受する者、エンタテインメントから派生する事象など、エンタテインメントを構成する諸要素それぞれが物語を紡ぎ、それらが混じり合い、時としてなにか重要なもの、かけがえのないものが生まれるのだと私は思います。
だからこのSherylの言葉は、エンタテインメントを生業とする彼女が、エンタテインメントを通じて提示し続けているある種の信念、共通概念のようなもの…自己愛あってこその愛、自己愛あってこその世界、を教えてくれているような気がするのです。
…今回はなんだか取り止めもない文章ですみません。
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