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フォーカルジストニア、イップスとメンタルの関係

この記事は拙著『演奏不安・ジストニアよ、さようなら 音楽家のための神経学』の補足、深堀りです。
前回の「ジストニアとイップスの共通点」からの続きです。

ジストニアやイップスと、メンタルの関係は?

ジストニアやイップスになると

音楽家がジストニアに、スポーツ選手がイップスになると、自分の大事な部位を思うように動かせないことにショックを受けます。その道を懸命に歩んできたのに満足にプレイできず、アイデンティティが傷つき大きくダメージを受けます。

その上、ジストニア、イップスという治りにくい病気であるとわかると、さらにショックが重なります。先の不安や病気の恐怖を抱え、うまくいかない動きを繰り返しては失望し、精神面はより悪くなり、中には抑うつ、うつ病になる方もいらっしゃいます。


見えない心理的負担とは?

脳外科医や研究者らは、演奏家のジストニアや選手のイップスは、メンタルの問題ではない、心因性ではないとしています。今の医学では、本人が自覚する精神的な苦痛をストレスと呼びます。それによって起こる問題を心因性、メンタルによる病としています。

本『演奏不安・ジストニアよさようなら 音楽家のための神経学』や「ジストニアとイップスの共通点」に書いたように、心理的精神的な負担とは、その人がそれまでに受けたひどい“痛み”や“怖さ”です。
人は生きていると、肉体的、感情的にひどく痛めた経験や、恐怖的な体験をすることがあります。それに今ある精神的負担が積み重なります。
これら見えない心理的精神的な負担は、ほとんどの場合、本人が自覚できません。

医学や私たちの常識では、精神的心理的なものを、身体から切り離します。しかし、一人の人において身体と精神は不可分です。
人間は日常を生きていくために、自分にとって驚異的な怖さを普通の記憶としません。なので、演者自身がわからないところで、ジストニアや演奏不安となって、演奏することを妨げられてしまいます。

人間は、ひどい痛みや恐怖体験はあまり思い出しません。あまりにもひどく体や心を痛めた経験や命を脅かした体験は、普通の出来事の記憶と違って脳に閉じ込めます。思い出さなくても、脳には残っているのです。出来事を覚えている場合でも、今の症状とのつながりがわかりません。

自分にある心理的精神的負担を本人が自覚しないせいで、ジストニアやイップスはメンタルからきているのではない、心因性の病ではないとみなされます。脳に隠れている心理的精神的な傷みからきていることが、当事者にも医学的にも理解されません。

「メンタルから来ているのではない」

精神的な負担原因ではなく、ジストニアになったゆえに精神的に参るのだとおっしゃる方は多いです。
ジストニアやイップスなどは、自分では意識しないところの心理的なもの、多くは“怖さ”が脳に隠れているせいで、運動の神経回路に影響を及ぼします。

ジストニアやイップスになった本人は、自分が抱えていた心理的精神的な負担を自覚しません。そのため多くの方が「メンタルから来ているのではない、ジストニアやイップスになったせいで、メンタルがやられるのだ」と考えます。

ステージに上る音楽家や勝敗がかかるアスリートには、常に大きなプレッシャーがかかっています。人間にとって、競争や人から診られ評価されることは、怖いことです。
また、アスリートの多くは、幼い頃からひどい痛みや怪我の既往、怖い指導や成績におけるプレッシャー、チームメイトからのプレッシャーやいじめの体験をしています。

怖さに対する反応ーポリヴェーガル理論

『演奏不安・ジストニアよさようなら 音楽家のための神経学』の”ポリヴェーカル理論”は、神経系はその人の過去の心理的な体験が大きく影響していることを説いています。
その人が経験した大きな痛みや恐怖の体験によってその人独自の自律神経系が作られ、怖さに対する反応を起こします。恐怖の感じ方が人によって違うのはこのためです。多くの人があがりが軽快しても、ステージ恐怖症になる人が出てきます。
精神疾患や発達障害の患者の治療に取り入れられています。

ジストニア、イップスだけでなく精神疾患も

本に書いたように、大きな心理的精神的な負担は、ジストニアだけでなく、アルコール・ドラッグ依存症、摂食障害、ギャンブル依存症、鬱などの精神的疾患などにもなります。大きな心理的精神的な負担を、本人が自覚しないケースがほとんどです。

音楽家が成長過程で受ける痛みや怖さは、ドラッグ依存、摂食障害、不安障害になる症例は本に書きました。スポーツの世界でも、薬物中毒になった清原選手、パニック障害から鬱になった長島一茂さん、摂食障害から窃盗癖になった原裕美子選手、性依存症になったタイガー・ウッズなど少なくありません。

長島一茂さんの場合、突然呼吸が苦しくなり、パニック障害を発症します。
二軍通達。自分の人生の全ての夢だった野球を諦める。鬱になって、抗うつ剤の副作用で何度も自殺衝動、「もう死のう」…
『パニック障害と鬱から自力で立ち直ったスター』

大脳基底核における障害

動きや行動がコントロールできなくなる

大脳基底核は、主に随意運動を調節しています。運動、行動しすぎないよう抑える働きをしています。
この働きがうまくいかないと、運動のコントロールがうまくできなくなります。
また、普通なら抑えれる衝動を抑えられなくなり、衝動抑制障害となります。アルコールなどの依存症、病的賭博、過食、買いあさり、性欲亢進など嗜癖(しへき)行動です。

神経疾患と精神疾患と

基底核障害は、神経科においては、ジストニア、パーキンソン病、舞踏病など運動障害の疾患が診断されます。

精神科においては、依存症や嗜癖、躁、うつなど精神的な疾患が診断されます(ドパミン調節障害症候群)。
大脳基底核における障害

運動の神経回路に過去や恐怖が反映

その人にとって身体や心的に痛い、怖い経験は、大脳辺縁系(情動や記憶)を通して演奏の運動回路に影響を及ぼします。運動を繰り返すことで運動パターンを作って、症状が固定化されてしまうのかもわかりません。

専門的な話になりますが、演奏も競技も運動の神経回路は、大脳皮質の運動野と基底核の間だけでなく、辺縁系の扁桃体・海馬などからも入力・投射されます。つまり、情動や記憶(恐怖や過去)が反映されます。

情動記憶、扁桃体からの情報は分界条、腹側遠心路を通って視床下部に運ばれる。海馬記憶系と扁桃体情動系とは、回路としては独立しているが、皮質、基底核、間脳において、相互に交流があり密接に関連する。石塚(2002)

平 孝臣著『そのふるえ・イップス 心因性ではありません』法研 2021
川村光毅『脳と精神ー生命の響き』慶應義塾大学出版会 2006

新堂浩子 HP;https://www.music-body.com/

『演奏不安・ジストニアよ、さようなら 音楽家のための神経学』
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