音楽家のジストニアの診断は難しい
この記事は拙著『演奏不安・ジストニアよ、さようなら 音楽家のための神経学』の補足、深堀りです。
フォーカルジストニアの診断が難しいわけ
見た目で判断される
局所性ジストニアの診断は、臨床的に判断されます。見た目で判断されるということです。
例えば、感染症の場合、ウイルスや細菌がいるのかを抗原抗体反応をして陽性か陰性かで診断します。腱鞘炎の場合、動かしたり押さえたりすると、痛みがあったりカクンとなったりします。
しかし、音楽家の局所性ジストニアの場合、何か検査をしたらはっきりするような診断基準があるわけではありません。
症状が人それぞれ
音楽家の局所性ジストニアの症状は多様です。運指、震え、手・足・口を思うように動かせない、感覚違和、発声での症状も人によって様々です。
運指でも、軽く指が巻き込んでしまう人もいれば、強固に折れて指を伸ばせなくなる人もいて、症状は人によって異なります。
基本的には、演奏しようとすると、決まった部位がいつも同じように意図しない反応をします(定形性と呼ぶこともあります)。トリガー、きっかけとなる動作によって、決まった筋肉が動かなくなったり、力が入らなかったり、震えたりします。
一般的には、働くべきでない筋肉が収縮しすぎたり、働くべき筋肉が収縮しなかったりしてスムーズな動作ができず、思うように演奏できなくなる症状をジストニアとしています。
例えば、鍵盤で左手が下降するときに薬指が強く折れてしまうとか、マウスピースに口を付けようとすると、片方の口角が引き攣るなど、決まった反応が出ます。
運指は病的かどうか区別しにくい
医師が、運指が病的かどうかを、見て客観的に判断することは難しいこのなはずです。演奏で打鍵、押弦していない指が巻き込んだり伸びたりするのはよくある、正常なことですが、見慣れない人が見ると異常に見えてしまうかもしれません。
指は元々ツラレやすいところですし、また、腱の付き方によって元から他の人と差がある人もいます。つまり、正常と病気の境界が見るだけではわかりにくいです。
また、ジストニアは、動きにくいところを無理に動かそうとして、反対方向へ力が入る代償性の反応を起こします。指が巻き込まないように、伸展させる筋肉に力が入るようになってしまいます。不随意運動が、巻き込む指だけでなく伸びる指にも表れます。
多くの医師は楽器での速い運指を見にくいため、罹患指、代償指の判断はより困難になります。
防衛医科大学校、整形外科前教授の根本孝一先生の講演で聞いたのは、整形外科医が見てもジストニアは診断が難しいということでした。根本先生は自衛隊の音楽隊の顧問医もされていて、音楽家もよくみられます。音楽家を見慣れた整形医でも正常がどうか、区別がつきにくいです。
根本 孝一 , 酒井 直隆 著『音楽家と医師のための音楽家医学入門』
協同医書出版社 2013
診断されると
ジストニアと言われることのショック
音楽家がジストニアになったら、一生楽器を弾けなくなる、難病、進行する、といったイメージがあります。医師からジストニアだと診断されることは、音楽家や家族に大きなショックを与えます。
実際、ジュニア時代にコンクールに出ていた方が、医師からピアノをやめるよう言われてやめた、というお話も聞きました(今は50代の方)。
音楽家専門医に「ジストニアの疑い」という診断を受けた、という話も聞きます。
何かしら病名をつけないと保険診療はできません。「〜(病名)の疑い」と診断をつけることで、その病気でなくてもパーキンソン病剤など筋肉への薬を保険で処方できます。
あるいは、「ジストニアの疑い」とすることで、音楽家へ精神的負担をかけない配慮かもわかりません。
一方、医師からジストニアと診断されたことで、安心したという方もいらっしゃいます。弾けない、思うように運指できないのは病気のせいと、開き直れたのかもしれません。
病名が独り歩き
一方で、思うように演奏できない、思うように動かせないことを何でもジストニアと言ってしまう音楽家もいます。音楽家でもスポーツでも、熟練者が何度やってもうまくできない、動きに悩んで、時間が経って良くなることはあります。スランプと言えるかもしれません。
ちなみに、音楽家の局所性ジストニアは、なおるなおらないは定義には含みません。わりと短期間で良くなる人もいらっしゃいますし、良くならない人もいます。
あまり知られていなかった音楽家の局所性ジストニアが、ドラマで知られて、ジストニアだと安易に診断する医師も出てくる可能性もあります。