【アーカイヴ】第255回/中電の新製品から、アナログ関連の細々としたこと[炭山アキラ]
本連載の第231回で触れた、中電の齋藤代表から、また面白い製品が届いた。鉄刀木(タガヤサン)製のレコード・スタビライザーである。鉄刀木は非常に硬く、水に沈むほど比重の高い木で、そういう樹種は必然的に成長が極めて遅いため、大量に入手することが難しく、商品として見るのはせいぜい箸くらいのものだ。そんな希少な材を、ぜいたくにも直径78mm、高さ50mmの円筒に削り出したもので、同社の創業25周年記念モデルという位置づけだそうである。
手に取ってみると、それは金属製のスタビライザーなどと比べれば軽量級だが、木材と考えると手にずしりと重みを伝える。実測してみたら、183gあった。なにぶん自然素材だから、おそらくは1個ずつ僅かに目方は違うだろうと思われるが、200g弱という見当でよいのではないかと思う。オヤイデのBR-12をはじめとする、薄いすり鉢状になっていてレコードの反りを矯正するタイプのターンテーブルシートでは、若干重みが足りないだろうが、ごく普通の使い方なら十分な自重である。
表面の仕上げは、つるつるし過ぎない程度で面がきれいに出ており、ダークトーンの中に浮かぶ目の詰まった木目が実に美しい。叩いてみたら、拳をはね返すような強度だ。この材でクラベス(拍子木)を作ったら、さぞ良い音がするだろう、と思わず推測させる材である。
仕事の合間を見ながら、早速わが家のリファレンス・プレーヤーで使ってみた。愛用のBR-12を外し、フラットなタイプのゴムシート、早い話がPL-70購入時にプラッターへ載っていた個体を使って聴く。
私はもう長くオーディオテクニカのスタビライザーAT6274が手放せず、愛用し続けている。今調べたら、もう17年も前の製品なのかと、思わず天を仰いだ。しかし、このどっしりと音像を安定させながら音が鈍足にならず、むしろ音場を明るく広大に表現するところなど、なかなか他をもって代え難い。一言でいえば、「美味しい音」なのだ。
AT6274は約750gだから、目方でいえば鉄刀木スタビライザーは約4分の1でしかない。そんな自重でアナログ系に有効な影響を及ぼすことができるのかと問われれば、十分にできると答えよう。オヤイデのシングル盤アダプター兼用スタビライザーSTB-EPなど、130gしかないのだが、それでも音にカチンと張りを与え、抜けが良くなることが観察されるものである。
それで、実際に鉄刀木スタビライザーを使ったら、わが家の再生音がどうなったかというと、AT6274から置き換えた途端に音の陰影が違ってきた。6274も十分に彫りは深いのだが、そことは違う部分の立体感を出してくる感じだ。照明の具合を変えて、同じ彫像を違った趣にするような感じといえば、ご理解いただけようか。いや、あまり参考にはならないかな。
音像へは全体に渋い艶が乗り、録音現場に一陣の風が吹き込んだような爽やかさも感じさせる。音場の広さは6274とほとんど変わるように聴こえないが、明るく張りのある音場感から、やや暗調で潤いを加えたような音場になるのが面白い。
総じてわが家では、リファレンスを脅かす存在にはならないものの、オルタナティブとしては十二分の存在感を示してくれた、といってよさそうだ。はっきり申し上げれば、この表現力にすっかり魅了されてしまったのである。
それならなぜリファレンスに就任できなかったかというと、大きな理由はやはり目方で、私はやはりBR-12をメインで使いたいものだから、最低でも400gくらいは必要になってしまうのだ。
なお、このスタビライザーには高さ70㎜のバージョンも存在して、「試聴しますか?」と齋藤氏が持ちかけて下さったのだが、残念ながらPL-70のダストカバーを降ろすと、50mm高のバージョンで残りの頭上空間が2~3㎜という状況ゆえ、遠慮させてもらった。ダストカバーについては毀誉褒貶あるが、少なくともしっかりしたカバーを持つプレーヤーであるならば、大きな副作用は出ないのではないかと考えている。PL-70はエクスクルーシブほどではないものの、極厚の非常に鳴きが少ない樹脂製ダストカバーを持ち、個人的に普段は閉じて音楽を聴いている。
アナログ関連の音質評価については、いろいろなところで書いているが、個人的なジレンマがある。ここで改めて触れておこう。今回試聴したのは、メイン・リファレンス・プレーヤーたるパイオニアPL-70だったが、わが家でサブ・リファレンスを務めてくれているティアックTN-570と、アクセサリー類の相性がガラッと違ってしまい、それはもう全く同じ言語で語ることができないレベルなのだ。
例えば、PL-70ではベター・ハーフ的に用いているBR-12だが、TN-570では音がブヨブヨにゴム臭くなって全くダメだった。一方、PL-70にTN-570純正のフエルト製ターンテーブル・シートを載せると、音がいっぺんにだらしなくなって、PL-70の持ち味が消されてしまう。それが、TN-570ではややソフトな持ち味くらいになり、結構好ましい再生音を聴かせてくれるのだから、頭が痛くなる。
また、スタビライザーも、まぁBR-12は載せないと最初から話にならないから措くとして、PL-70に一般的なゴムシートを載せると、必ずといっていいほどスタビライザーが欲しくなる。ところが、カーボンや紙などのシートでは、スタビライザーはむしろ副作用が聴こえることが多く、トータルで良し悪しか、むしろない方がよいということにもなってしまいがちだ。
というわけで、私のような立場でこんな言い草もないものだと、お恥ずかしい限りではあるが、この試聴結果は、あくまで高剛性のアルミ・プラッターを強力なDDモーターで回すプレーヤーに、大変柔らかいゴムシートを乗せた場合のもの、という風に受け止めていただけると幸いだ。
もう一つ、齋藤氏がわが家へ届けてくれた新製品がある。ゲル式スタイラス・クリーナーCD-SCSだ。レーシングカーのピストンを彷彿させる、アルミ削り出しの美しく精悍なケースへ収められた、透明のゲルへ針先をちょんちょんと2~3回付着させれば、汚れを効果的に拭い去ってくれるという製品である。
このゲルタイプ・針先クリーナーはずいぶんたくさんの社が発売するようになったが、中電の製品はゲルをさらに吟味して開発されたそうで、確かに軽い力で針先がしっかりとゲルへ潜り、かなり強い粘着性で針先の汚れを引き剥がしていることが知れる。既発売のローリングタイプ・レコードクリーナーCD-RCBKとともに、わが家のアナログ"常備薬"として、大いに役立ってもらおうと思っている。
大体からして、中電の製品は廉価でも実直な性能本位のものが多い。カートリッジ群は言うに及ばずだが、あまり語られない周辺グッズの中で私が篤く信頼しているのは、ヘッドシェルHC-001である。自重9gと、比較的重いシェルが多い昨今にあって、オルトフォンSH-4と並び、軽量級の雄といってよいものだ。
こういってはいささか角が立つが、軽量級のシェルは本当に私の好みに合う製品が少なく、長年にわたって世に広く流通している某社の製品や、数年前に追加された某々老舗の製品などは、わが家のリファレンス・システムで音を聴く限り、「どうしてこうなった!」と声を荒らげたくなるものだ。音場が一気に狭まり、音像は何だかしょぼくれて、一向にこちらへ飛んでこなくなる。こんな状況では、音楽を聴いていても、全然面白くない。
もちろん、軽量シェルにも名品はいろいろあり、個人的な好みの製品を挙げるとするなら、ZYXのLive18、オヤイデHS-CF、ヤマキ電器AHS-01L、オーディオテクニカAT-LH13といったところか。ところが、これらのシェルはいずれも12~13gで、現代の標準からすれば十分に軽量なのだが、この領域で3~4gの差は決して小さくない。
昔、オヤイデにHS-TFという、トップにテキサリウムと呼ばれる銀色のファイバー・シートを張り合わせたシェルがあった。あれは10g少々で、HS-CFと聴き比べると僅かに頼りない部分なきにしもあらずだったが、音の俊敏さは頭抜けたものがあった。あのシェルは、標準装備のリードワイヤーがどちらかというと穏やかでノンビリした音だったから、真価を発揮させるに至らなかった人もおいでかと思う。オヤイデさん、全く同じものでなくてよいから、10g見当のシェルを復刻してもらえないものだろうか。
で、HC-001だが、前述したような綺羅星のようなシェルに比べれば、良くも悪くも"普通"の音だ。しかし、物理特性としての軽さを生かしつつ、そうヘナチョコな音にならないのを、私自身は高く買っている。前回にも書いたが、ヤジロベエの両端につける錘は、軽い方が動きが俊敏になる。これはもう物理法則だから覆しようがない。もちろん、音作りというのはバランスと塩梅が重要だから、ヘッドシェルを重くすることで低域の迫力を稼ぐ、という方法論が間違いだとはいわない。あくまで私個人は、低域は他の方法で稼ぎ、軽量シェルの俊敏さ、切れ味鋭さを味わう、という塩梅を愛するということである。そういう好みを持つ者にとって、軽量でしっかりしたシェルは、得難い相棒となる。ただし、HC-001はシェルリードがいささかプアだから、良いものに替えてやると実力が一層引き出されることを保証しよう。
オーディオ・チューニングにおけるバランスや塩梅というものについては、また深入りすると膨大な文字数が必要になるから、ここではひとまず措く。そのうち当コラムでも、書く機会が訪れるだろう。
ところで鉄刀木スタビライザーだが、素材の入手が極めて難しいことから、「50個も作れないと思います」(齋藤氏)だそうで、また価格も相当のものになってしまうという。今のところ、石峯篤記さん率いるでんき堂スクェア湘南しか扱い店舗がなく、基本的には直販にしたいとか。購入希望者は、でんき堂に連絡するか、中電のオフィシャルサイトから、メールフォームで問い合わせてみてほしい。きっと、長く使える宝物になるはずだ。
(2020年5月8日更新) 第254回に戻る 第256回に進む
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。
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