【アーカイヴ】第214回/ごたついた挙げ句、スピーカーケーブルの試聴を行うことになってしまった2月[田中伊佐資]
●2月×日/「ウッドウイル」の柴田喜美雄さんに作ってもらった積層型スピーカー(写真1)は、使い始めて今年で12年目を迎える。この歳月を一回りと捉えて区切りよくというわけでもないが、オリジナル・ヴァージョンから変更を加えたくなった。
実はこのエンクロージュアの真ん中あたりに「制動材」(写真2)が仕込んである。これはエンクロージュアの内側に沿ってリングのようにはめ込まれていて、写真で見るとわかるが、上から楔を打ち込んで、外側へ開くような強い力をかけている。
そんな面倒くさいことをしている理由は、ハードメイプルの無垢材なので、もしかすると材料が響きすぎる懸念があったためだ。ただし完成してから、制動材の有り無し試聴をした結果、この措置を選んだのではない。
というのも重いウーファーを付けたり外したりするのは、1人では(2人でも)かなり難儀なのだ。始めからこれでいくことに決め込んで柴田さんへお願いした。
で、変更というのはその「制動材」を外すことに他ならない。いったい音はどう変わるのだろうか。
当時は締まったタイトな低音が好きだったので、装着に迷いがなかった。しかし、自分の体脂肪の増加に比例して、肉付きのいい(悪くいえば、焦点が甘いダブッとした)低音も悪くない、むしろ好きになってきている。分析的、学究的な聴き方ではなくなったともいえる。
ここんところ制動材問題が頭の中にこびりついて離れず、もう我慢ができなくなった。響きの要素は増えるだろうが、それが是なのか非なのかは、やってみなければわからない。柴田さんもおよその想像はつくが、リアルにその結果を知りたいらしい。それならやるしかない。
ということで柴田さんとウッドウイルのお客さんの山本さんがうちに来てくれた。山本さんはうちのホーンに興味があるようで、ぜひ聴いてみたかったとのこと。
まずは現状の音として、ウッドベースのピッチカートや弓弾きが入っている、オスカー・ピーターソン『プリーズ・リクエスト』のド定番「ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー」を聴く。そしてウーファーのJBL1500ALを外すところから始まった。
以前、武藤製作所の武藤さんにウーファーの錦糸線をオーグラインに変えてもらったことがあった。そのときも外すのに苦労したが今回も相当うんざりした。ネジを外しても接着剤でピタッと固定したかのように、まるで動かない。
マイナスドライバーの先端を熱してカギ状に変形させ、ネジ穴に入れて引っかける作戦を実行したがダメ。バスレフダクトの穴に手をいれて、ウーファーのお尻をプラスチックハンマーでコンコン叩いてもダメ。
なにかの拍子にいきなりがばっと外れるかもしれない。18kgもあるので、コーン紙を破ってしまう可能性もあるだろうから、あんまり手荒なことはできない。
そこで突っ張り棒のようなものをウーファーのお尻とエンクロージュア内部後方にあてがって少しずつ棒を伸ばすような圧力をかければ、ウーファーが前に飛び出てくるのでは、ということになった。
僕らは近所のホームセンターに急行した。もちろん突っ張り棒そのものではバネ式なので力が弱い。名称・用途は不明だが、中央部分のネジをくるくる回せば伸縮できる棒を見つけて、これだっとなった。
柴田さんがダクトに手を入れて、まさに手探りで棒をセットしようとするが、ズルッとすべってしまいなかなか難しい。なんとかあてがったものの、棒を伸ばすためのネジまで指がうまく届かない。苦戦につぐ苦戦となった。
進退が窮まり、雑談をしながら別の方法を冷静に考えていったら、柴田さんが思いついた。ウーファーのネジがとまっている馬鹿穴にタップを切り、その作用で外すのである。その方法でいままでの苦労はなんだったんだろうと思うほど、あれほど強情だったウーファーはいとも簡単にエンクロージュアから剥離した。
ところがここでまたしても事件が起こる。
このスピーカーは接点を増やしたくないので、アコースティックリバイブのスピーカーケーブルを直結している。これが特注の極太タイプで、フニャフニャと自由にしなることができない。ユニットが外れたときに無理な力がかかって、樹脂製の端子カバーを割ってしまった。
導通に問題ないので、僕はこのままでもいいと思ったが、両人から「最近はいい接着剤があるので補修できますよ」と提案された。
柴田さんが推薦したものは、セメダインの「難接着材料用接着剤PPX」。通常はくっつかないといわれるポリエチレン、ポリプロピレン、シリコーンゴムなども1分で接着してしまう優れものだ。
山本さんはオリエント・エンタプライズの液体プラスチック接着剤補修材BONDIC(ボンディック)を推奨した。これは紫外線で硬化する液体接着剤で、そのためのライトも付属しているという。これはまさに虫歯治療のときに白い詰め物をしてから光を当てる方法と同じだ。実際、このメーカーの創始者の一人は歯科医だったらしい(写真3)。
2つとも特殊なので、もしかすると売っていないかもと言われたが、ダメ元で二人を残し僕はホームセンターへ向かった。そして2つともあった。コーナン三鷹店、素晴らしい。
どちらか1個だけを買うとなんとなく角が立つ気もしたし、ほとんどヤケクソでもあったので両方買った。
山本さんが補修を買って出てくれて、PPXで接着してからBONDICで回りを固めるダブル使いの処置をした。いきなりカチンカチンになり、瞬間接着剤の恐るべき進化を知った。
さて「制動材」だが、12年間もウーファーの振動を受けているのではユルユルになって、もはや役に立っていないことも考えられた。だとしたら、骨折り損もいいとこで、大のおとなが3人で丸一日を費やして何やってんだである。
しかしさすがは柴田さんというべきか、緩んでいた気配はまるでなく、ガッツリ利いていた。
楔を外してから12年振りに外に出てきた制動材は、闇のなかでじっと務めを果たしていたため、まったく日焼けもなくきれいなオフホワイト色を保っていた。
そして左右のウーファーにそれぞれスピーカーケーブルを結線して、えいやと3人がかりでエンクロージュアにはめた。
いよいよ音出しである。再びオスカー・ピーターソンをかける。
しかしウーファーからまったく音が出ない。
「ゲッ、マジかっ」
ウーファーのスピーカーケーブルにテスターを当てるとオープン。電気が通っていない。
バスレフダクトに手を突っ込んで探ると、スピーカーケーブルが端子から外れていた。
外すときに、端子を強烈に締めてあったことでカバーを破損した教訓で、そこそこの力で締めておいた。極太単線は憎たらしいほど強情で簡単には曲がろうとせず、今度は外れてしまったのである。
もう夜の10時だ。もう一度ウーファーを外して、付け直す勢いは僕にはない。柴田さんも山本さんも、やりましょうみたいな感じだが、心はポキンと折れた。
日を改めて作業を行うにしても、しなやかな素材の内部ケーブルを入れて外に出し、アコースティックリバイブのスピーカーケーブルを繋げたほうがいいかもしれないと思った。
接点は増えても、スピーカー内で極太単線に相当ストレスがかかっているような感じがする。振動の嵐にさらされる内部ケーブルは「柳に風」的に細いほうがいいような気もしてきた。
後日。この一件をステレオ吉野編集長にしてみた。
「それなら、スピーカーケーブルを何種類か集めて試聴でもやりますか。細めのやつで」
と来た。彼もいまJBLのD123を使ったエンクロージュアを作っている。とても興味深いマターなのだ。
「だったら、価格とかメーカーとかの雑念を払って、ブラインドでやろう。一番よかったものを買うわ」
試聴は3月18日、音楽之友社試聴室で行うことが決定。結果がよければ内部配線ではなく、それが正規のスピーカーケーブルとして採用になるかもしれない。災い転じて福となすとなるかどうか。楽しみです。
(2019年3月19日更新)第213回に戻る 第215回に進む
東京都生まれ。音楽雑誌編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」「ジャズ批評」などに連載を執筆中。著作に『音の見える部屋 オーディオと在る人』(音楽之友社)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(音楽之友社)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。
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