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バッハ エピソード38 コーヒーカンタータ BWV211

あー、コーヒーはなんて美味しいのでしょう。
一千回のキスよりも素敵。マスカットワインよりも甘いの。
コーヒーがなくちゃ、わたしは生きていけない。
わたしを喜ばせようと思うならコーヒーを淹れてくださらなくちゃ。

バッハの『おしゃべりはやめて、お静かに』別名『コーヒーカンタータ』の一節です。

前回、バッハ エピソード37でコレギウム・ムジクムのお話をしましたが、この曲もまたコレギウム・ムジクムによる演奏のために1734年ごろ作曲されたコミカルな音楽喜劇です。
18世紀当時、ロンドンのコーヒーハウスが女人禁制であったように、ドイツでも女性はコーヒーを飲むべきではないという風潮がありました。これに反発する女性の声を代弁し、ドイツでのコーヒー騒動を風刺したのが、バッハの「コーヒー・カンタータ」です。

コーヒーカンタータのあらすじ

このカンタータの登場人物は、語り手(テノール)と、保守的な父親シュレンドリアンとその娘リースヒェン。
ストーリーはこの親子の愉快なやりとりで進みます。
リースヒェンはコーヒーを「千のキスより甘く、マスカットのお酒よりもやわらかい」と歌います。
あまりにコーヒーに夢中な娘に、父親は「コーヒーを辞めないなら結婚させない」と最後通牒を突きつけます。
リースヒェンは表面的には従う約束をしますが、結婚相手の条件はコーヒーを飲むのを許してくれる人と切り返します。
最後は「猫がネズミを逃がさぬように娘もコーヒーを離さない。お母さんもコーヒーが好き、おばあさまさえ飲んだのだから、だれが娘を叱ることができようか」と女性だってみんなコーヒーが大好き、というコーヒー賛歌で終わります。

こちらは、トン・コープマンがチェンバロを演奏しながら指揮をするコーヒーカンタータ。当時もこんな感じでバッハは指揮してたのかなと想像しながらお楽しみください。

もう1つ、ベルリンの歌劇場版です。
舞台美術がとっても可愛いものを発見しましたのでこちらもどうぞ。

カンタータ211番 BWV211 Kaffee-Kantate(コーヒー・カンタータ)
おしゃべりはやめて、お静かに (Schweigt stille, plaudert nicht)

【歌詞】

第1曲 レチタティーヴォ(語り)
(語り手)
おしゃべりはやめて、お静かに。
今から始まることの次第をお聞きください。
その名もいかめしいシュレンドリアンが
娘のリースヒェンを連れてやってきました。
どんな仕打ちを娘から受けたのか、
よく聞いてみましょう。

第2曲 アリア(詠唱)
(父 シュレンドリアン)
子供というのは、
厄介千万、苦労の種でしかない。
娘のリースヒェンときたら、
毎日毎日、何度も何度も、言ってきかせても、
すぐもう一方の耳から出ていってしまう。

第3曲 レチタティーヴォ
ソプラノ、バス、通奏低音
(シュレンドリアン)
この厄介者、はねっかえり娘め!
いつになったらわかってくれるものやら。
コーヒーなんかやめなさい!
(娘 リースヒェン)
まあお父さん、そう厳しいこと言わないで。
もし、一日3回のコーヒーが飲めないなら、
とっても残念なことだけど、
しなびた山羊の肉みたいになっちゃうわ。

第4曲 アリア
(リースヒェン)
ああ、コーヒーの味の何と甘いこと!
千のキスよりまだ甘い、
マスカットよりもっと柔らか。
コーヒー、コーヒー、コーヒーなしじゃやってけない。
私を何とかしようと思ったら、
コーヒーをくれるだけでOKよ。

第5曲 レチタティーヴォ
ソプラノ、バス、通奏低音
(シュレンドリアン)
もしおまえがコーヒーをあきらめないなら、
結婚パーティーには行かせないぞ。
散歩に行くことすら許さない。
(リースヒェン)
ぜんぜんかまわないわ、コーヒーさえくれたらね。
(シュレンドリアン)
わかったぞ。
はやりのスカートも買ってやらない。
(リースヒェン)
そんなのなくても、死にゃしない。
(シュレンドリアン)
窓の中から、町を眺めることも
できなくしてやる!
(リースヒェン)
平気平気、おんなじことよ。
私はただコーヒーを飲ませてって言ってるだけよ。
(シュレンドリアン)
帽子につける金銀細工も、
手に入らないぞ。
(リースヒェン)
かまわない、でも、私の楽しみだけは取り上げないでね。
(シュレンドリアン)
この無礼者め、
コーヒー以外、何にも要らないというわけか?

第6曲 アリア
(シュレンドリアン)
わがまま、強情な娘は、
まったくどうにも手におえない。
でも、「泣き所」さえうまく見つけたら、
しめしめ、何とかできるだろう。

第7曲 レチタティーヴォ
ソプラノ、バス、通奏低音
(シュレンドリアン)
さあ、お父さんの言うことを聞きなさい!
(リースヒェン)
コーヒーのこと以外なら、何でもね。
(シュレンドリアン)
勝手にしなさい。
ところで、結婚する気はないんだろうな。
(リースヒェン)
父さん、もちろん夫が欲しいわ。
(シュレンドリアン)
誓って、結婚なんかは許さないね。
(リースヒェン)
コーヒーをやめないなら?
ああお父さん、わかりました、それならもう、
コーヒーなんか飲みません。
(シュレンドリアン)
やったぞ、とうとう言うことを聞かせた!

第8曲 アリア
(リースヒェン)
きょうのうちにも!
お父さんが許してくれた。
ああ、旦那さま!
ほんとにいい気分、
早く会いたい、
コーヒーのやめた代わりに、
今日ベッドに行く前にでも
がっしりした素敵な旦那さまがみつかりますように。

第9曲 レチタティーヴォ
(語り手)
こうして、シュレンドリアンさんは、
急いで娘のリースヒェンのために、
婿を探しに出かけました。
でも、リースヒェンは、
婿殿をうちに入れる前に、
こんな約束をさせようと思っていました。
「いつでも飲みたいときに、コーヒーを飲ませてくれるように。」

第10曲 合唱
猫はねずみとりが止められないように、
娘はコーヒーがやめられない。
母さんも、おばあちゃんも、
みんな飲んでる、
そんなコーヒーを娘がやめられるわけないでしょう!


突然ですが、ここでアンクルバッハからクイズです。

ドイツにコーヒーがやってきたのはいつ頃でしょう?

  1. 1560年

  2. 1630年

  3. 1670年

答えは、3番の1670年です。

コーヒーの原産国は東アフリカのエチオピアとされ、15世紀中ごろからコーヒーを飲む習慣は中近東全体に浸透していき、16世紀初頭にはカイロ、16世紀の中ごろにはイスタンブールへとひろがっていきます。ヨーロッパでいち早くコーヒーの存在を知ったのは、ヴェネツィアの商人たちといわれています。1630年ごろにはイギリスやオランダに紹介され、1668年ごろにはウィーンでも飲まれるようになり、ドイツに伝わったのは1670年とされます。とくにコーヒーが大流行したのが、バッハが過ごしたライプツィヒでした。現在でも営業しているカフェ・バウムは1711年より開業しています。
バッハの遺産目録には銀のコーヒー・ポット大小と真鍮のコーヒー・ポットが記されており、彼もまた日常的にコーヒーを飲んでいたことがわかっています。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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