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語学講座を分析その4 杉田敏先生のビジネス英語

 長年NHKラジオ第二で放送が続き、熱心なリスナーから支持されてきた、杉田敏先生のビジネス英語講座。惜しまれつつ2021年3月に終了してしまった。私は2005年から仲間入りしたが、放送開始の80年代からのリスナーもたくさん存在する。この講座はリスナーの勉強熱心さが半端ではないし、他のラジオ講座とは一線を画す内容だったと言って良いと思う。

 自分自身も他のリスナーに引けを取らないくらい、この講座を通して学び倒した感があるので、番組を称える意味でも、どこがどう素晴らしかったのか、具体的に書いておく。

 まずトピックが常に最新であった。そしてあらゆる場面、ジャンルに話が及ぶので、決してビジネスに関わる人にしか楽しめない、役立たないという内容ではなかった。極端なことを言えば、一切英語が理解出来なかったとしても、その話題に触れるだけで、非常に刺激を受けるような内容だった。時事問題は勿論、時代と共に移り変わる社会システムや新たに生み出されるサービスなどを反映しながら、ライフスタイルやライフステージの変化、ジェネレーションギャップ、テクノロジー、医療、教育、健康、冠婚葬祭、家族・友人関係等々、取り扱っていないテーマは存在しないのではないかと思えるくらい、幅広い話題を扱っていた。

 この広範な話題を語る中で、それに応じた適切な言い回しを学んでいく訳だが、解説が秀逸だった。自身の豊富な体験から、どういった場面でどんな語が使われているのを耳にするとか、こんな言い方もあるがあまりしない方がいいとか、時代と共に意味や用法が変化した言葉、保守派はいい顔しない語句や用法など、常にユーモアを交えての解説だった。英語のボキャブラリーに関しても常に最新情報が得られた。

 放送及びテキストは、2週間で一つのトピックを扱い、各トピックが5回に分割されたビニェットで構成されていた。1回分のビニェットは200ワードくらいの分量で、架空の会社で繰り広げられる、登場人物達の会話である。数年単位で会社や登場人物などが入れ替わったり、あるいは全く新しいシリーズが始まったりと、海外ドラマのような要素もあった。なお、登場する人物は、経歴、人柄、ユーモアのセンスとも、非の打ちどころのない人々であり、彼らが所属する会社も、社会的貢献や社員の幸福にも気を配る、超ホワイトグローバル企業である。

 ビニェットの後には、Words and Phrasesとして、会話に登場したポイントとなる語句の解説がある。この解説は、パートナーのヘザー・ハワードさんとの絶妙なトークで展開され、全く飽きることがなかった。Word Watchでは、buzzwordも積極的に紹介され、新しい語句が生み出される背景なども知ることが出来、大変興味深かった。言語は生き物だと感じる瞬間だった。毎回練習問題も組み込まれていたのだが、2010年代のテキストにあった、語句を入れて説明文を完成させるというものよりも、それ以前のテキストにあった、語句を入れ替えて文章を作成する、という練習の方が効果があったように思う。最後のQuote…Unquote では、古今東西の名文に触れられる。5回分のビニェットが完了すると、ヘザーさんとのフリートークの回があり、それがまた面白かった。

 放送は再放送も含め1日3回。以前は週5放送だったが、数年前に週3になった。土曜午前の再放送で、一気に聴くことも出来た。ストリーミングが始まってからは、常にネットで聴けるようになったが、昔からの癖で、どうしてもラジオで決まった時間に聴きたくなった。もはや人生の一部となっていた講座なのである。

 テキストには放送内容以外にも、英語の読み物、読解問題、和文英訳問題などが掲載されており、そちらもなかなか楽しみにしていたものだ。世の中に安過ぎると感じるものはそんなにないが、どう考えてもこのテキストの内容からして安いなあと思いながら、有り難く毎月購入していた。本当は買ったその日に全部読んでしまいたかったが、1ヶ月持たせるために、少しずつ我慢していた。

 おそらく杉田先生はビジネスマンとして一流なだけでなく、相当な読書家であり、日本語の表現力も桁違いではないかと思う。それがこの講座を奥深いものにし、単なる英語の習得とは別次元のプログラムとなっていたのだ。

 これだけありとあらゆる話題を最新の情報を盛り込みつつ提供し、そしてボキャブラリーに関しても常にアップデートされた教材を発信し続けてくれた講座は、インターネット中探しても見つけるのは難しいと思う。何より、熱心過ぎるリスナーと共に、35年近く講座が続いたことが、その証明だと思う。ここまで得るものが多い講座は、そうは存在はしない。最も長くお世話になった講座である。

 たぶん、多くのリスナーが講座終了にがっかりしているはず。外見が似たような講座はいくつかあるが、杉田先生の講座と比較すると、とても満足感は得られない。最終的にテキストは¥495まで値上がりしたが、それでも、この語り尽くせない内容を、この価格で、ラジオを聴きながら勉強出来たのは、超超超破格である。長年リスナーであった方々は、きっと同じように思っているのではないだろうか。

 2021年4月から、放送なしの「杉田敏の現代ビジネス英語」というテキストが年間4回発行されるようになった。早速購入したが、どうしてもラジオ講座を思い出してしまう。ヘザー・ハワードさんとの絶妙な掛け合いはもう聴けないし、ユーモア溢れる解説もない。散りばめられた雑談の端々にこそ、魅力と言語学習の価値を感じていたリスナーにとっては、何とも物足りない。しかし、これが出版されるだけ、まだ有難い。杉田敏先生の長寿とご健康を祈るばかりである。

 

 

 

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