調性をどう習得するか ピアノ編
大抵の楽器は、調性が変われば全ての作業を変える必要があり、もちろんピアノも例外ではない。ピアノの面倒なところは、一度に大量の音を出すため、その作業が一層高度になるところである。例えば、クラシックの譜面を渡し、「この曲を完全4度上の調で弾いてください」と頼んで、即座にスラスラと弾いてくれる人は少数だ。これが増4度上の調だったりすると、更に難易度は上がる。
ピアノは音を構築する楽器。同じ楽器と言えども、基本的に単音で音程を作る菅弦楽器とは、使う脳の情報処理回路が異なると思われる。メロディを奏でる楽器の場合、横方向の結びつきが重要になるが(もちろんアンサンブルの場合は縦方向も要求される)、ピアノは例え一人で弾く場合でも、縦横方向の情報処理が要求されるからである。しかしピアノは音程を作り出す必要がないので、少々耳が悪くても問題ない。狂った音が出たら、それは調律師の責任である。
そういう理由から、ピアノであらゆる調を満遍なく弾けるようにするには、ある程度の訓練と効率の良いやり方を習得する必要がある。
まず調を勉強する場合、古典的な教本だと、♯や♭の少ない調から小出しにして練習するタイプのものが多いが、大人の場合、これは非効率的だと思う。五度圏の理論を理解してしまった方が余程手っ取り早い。少しずつ勉強しても全体が見えず、いちいち覚えていかなければならないからだ。五度圏が把握出来ていると、例え忘れても、数えればすぐに分かる。なので、ひとつずつ調を覚えるというやり方はおすすめではない。系統立てて知っておくと、後々非常に効率良く進められる。基本的に調性は、全音と半音の順番、5度圏と平行調、同主調の知識があれば、理論的に困ることはない。
では実践の場合。理論的には分かっていても、即座に様々な調に対応するには、それなりの練習と経験が必要だ。楽譜の調号を見て、頭の中のスイッチが切り替わるようになるまで、あらゆる調を偏りなく弾く必要がある。量を弾くことが目的なので、別に難しいものを選ぶ必要はない。簡単で短いもので良いのだ。全調をスケールで弾くのも役に立つ。これは多少つまらないかもしれないが、本当に効果的。同じ和音進行を全調で繰り返すのも良い。大事なのは、好き嫌いしないことである。この調が苦手だとか考えると、ますます苦手になってしまうからである。とりあえず調号6つまで即座に切り替えが出来れば、ほとんど全ての曲に対応可能だ。
そもそも調号が多いからと言って難しい訳でも弾きにくい訳でもない。むしろ白鍵ばかりの曲の方が、手の構造的には弾きにくい。これは手の横方向のアーチが作りにくくなるためである。にもかかわらず、調号が多いと弾くのも難しいという幻想は、教本、楽譜出版社、その他音楽教育機関ががそう思い込ませているためである。確かに、子どもの場合、理論的に理解が難しい場合もあるが、大人の場合、ほとんど関係ない。
最後に楽譜を見て即座に移調する際の技。これはいくつかあるが、割と誰にでも出来る方法を2つ紹介。まず、ホ長調-変ホ長調などのように、楽譜上の調号が変わるだけの場合。これは頭の中で調号を書き換えてしまうと良い。#×4の代わりに、♭×3と思い込む。臨時記号が出て来たときに少し頭を使う以外は、簡単に適応できてしまう技である。長短3度の移調に使える技としては、五線の追加である。実際書いてしまっても良いし、頭の中で書いてあるものとして見ても良い。例えばヘ長調からイ長調にしたい場合、五線の一番上の線を削除して、下に1本追加する。
ピアノで移調が得意な人は、大概音楽理論に通じており、和声分析もお手のものだったりする。カラオケ伴奏のように、瞬時に移調出来るようになりたい場合、遠回りに思えても、基本的な和声理論を勉強した方が速いのではないかと思う。
巷には「ハ長調で弾ける〜」のようなものが結構あるけれども、長くピアノを弾いていきたいと考えている人には、こういった手っ取り早く系の本はおすすめではない。そもそも調性はその音楽のカラーを決める重要な要素。調号を少なくすれば弾き易くなるというのも、短絡的だ。