人工知能は音楽家を不要にするか?
ドイツの24時間インターネット放送局、DWが制作するドキュメンタリー番組が大好きで、毎日のように視聴している。少し前に、人工知能が音楽やアートに与える影響を、詳細に取材した番組があった。記憶が正しければ、人工知能は自ら作曲をするだけでなく、例えばグールドの演奏から学習し、あたかもグールドが弾いているような演奏を、自ら作り出してしまうことができるレベルにあるのだそう。
絵画でも、AIがその画家の特性を学習し、あたかもその画家が生前描いたような絵を創り出してしまう段階にある。そう考えると、音楽でも同じことが出来るのは当然な感じもするけれど、人によっては気色悪さが驚きを上回る場合もあるかもしれない。そして、同じAIが作り出した演奏でも、AIだと分かって聴くのと、人間のピアニストの演奏だと信じて聴くのでは、感動が違ってくることもあるかもしれない。
あらゆる分野にAIが影響を与えていくのと同様、音楽や芸術も無縁ではない。可能性が広がってより広範囲なマーケットになるかもしれないし、逆に人間が関わる範囲が限定されていくかもしれないし、予想がつかない。ただ、スポーツなどと同様、人間の根源的な楽しみとして存在し続けるのは確実ではないかと思う。音楽が全く存在しない世界とは、鼻歌を歌う人さえいなくなる、ということだからだ。
例えばAIが作曲した作品や、AIが本物のピアニストのように演奏する音楽は、最初のうちは目新しくて面白いに違いないが、これがずっと人々を惹きつけ続けるかというと、それは分からない。Photoshopで全てが描けても、手描きの絵は相変わらず人気があるし、AIが相手をしてくれるにしても、チェスや将棋は人間同士でやってこそ楽しめる。
だからいくら人工知能が幅を利かせようと、有史以来人間と生活を共にしてきた音楽が、人間から完全に離れた場所に隔離されるということは考えにくい。ただ、職業として音楽家が存在し続けられるかどうかは、需要と供給のバランス次第だ。
今は完全に供給が上回っているので、音楽で生計を立てるのは、一握りのプロフェッショナルだけ。様々な音楽制作ソフトの登場により、ほとんど専門知識がなくとも作曲できるし、動画を使って誰もが演奏を披露できる。自身のウェブサイトを開設し、新たな音楽ビジネスを始めることも簡単だ。非常に開かれた市場になったと同時に、より競争が激しくなった。
仮にAIが人間を十分満足させる能力を獲得した場合、全く新しい消費方法が登場するかもしれない。19世紀後半、蓄音機が音楽を日常に持ち込んだように、まだ誰も予期出来ない、画期的な変化だ。蓄音機がレコード会社という新しい職業を生み出したように、AIが未知のビジネスを生み出すかもしれない。
芸術は人間にしか創造出来ないと考えられてきたが、それは芸術の定義による。表面的な芸術作品は、もう十分、人間不在で創造可能なのだ。ではどんな分野で、人間の本領が発揮できるのだろう。専門家の間で、様々な説得力のある予測がされているが、それは多分、実際にその状況が到来するまで、何もはっきりしたことは分からない。以前からパンデミックを予測した人々は多くいたけれど、実際にこのコロナ禍を経験するまで、誰も具体的な状況は想像出来なかった。似たようなものじゃないかと思う。
そして専門家というのはごくわずかで、大部分を占める一般大衆が歴史の流れを作っていく訳だから、専門家の意見を参考にするより、一般の人々の考え方や行動を観察する方が、予測の確率が上がるのではないかという気がする。音楽で生計を立て続けたい場合、本人の意思だけではどうにもならない部分もあるので、市場分析、効果的なマーケティング、生き残り戦略、ニッチを狙うか、薄利多売か、高級志向かなど、色々と頭を使わないと淘汰されてしまうかも。