#38 ジェイコブ・バンクス『Lies About The War』
ジェイコブ・バンクス『Lies About The War』
どこから話そう。情報はあまりなんだけれど、ジェイコブ・バンクスは、ナイジェリアで生まれて、UKバーミンガムで育った。移住したのは13歳だという説、ナイジェリア人ではなく、イギリス人という説などがある。音楽のバックグラウンドとして、彼自身は教会で聴き、歌った音楽をあげている。それが表れているのが本作でのゴスペル調コーラスやオルガンの演奏だろう。
前作までインタースコープに所属していた。でも、この作品『Lies About The War』は、自己レーベルからのリリース。配信がメインの時代、特に珍しいことじゃないけれど、彼はデビュー時から期待されていた才能だけに、どんな理由があったのかと邪推してしまうが、本人は、音楽以外に収入を得る道を作ったので、自由に創作活動が出来るようになった、といった類の発言をしている。
リクエストは、「2月24日で1年が過ぎて」ということで、ジェイコブがスウェーデン出身のシンガー・ソングライター、アンナ・レオーネとデュエットした『Our Song』という曲だった。アコースティック・ギターの伴奏でアンナが歌い始めるこの曲で、2人はサビで「I hope we got a chance to sing our song ~ Come alive , come alive」と歌うのだ。ひとことも戦争を止めろとか、ウクライナを守れとか、直接的なことは歌っていない。でも、この歌詞に2人とも、世界中の平和を願う心とも私自身が重なり合うことが出来て、涙が止まらなくなってしまう。
この作品を制作するに至るまでジェイコブは、ずっとサム・クック、アル・グリーン、、シスター・ロゼッタ・サーブといった古きソウル・ミュージックを聴いていたそうだ。そこからの影響も多分に感じられる。だから、太くたくましいバリトン・ヴォイスも含めて、”クラシック・ソウル”を彷彿させると作品だと紹介しているメディアもある。でも、影響を受けたのはサウンドではなく、スピリットの部分で、彼は、いまこの歌を歌いべきだと信じているのだと思う。
かつてジェイコブは、自分の音楽を「デジタル・ソウル」と表現したようで、生楽器を使う一方で、打ち込みでサウンドを作りあげている曲が多い。デビュー前に宅録をしていたのかな。でも、だからと言って、流行のビートをちりばめたR&Bではなく、これは現状を、感情を歌という手段で伝えるソウル・ミュージック。彼の社会に向けられた真っすぐな視線が胸に刺さる歌、そして、慈愛に満ちたヴォーカルに救われ、浄化もされる。ぜひ聴いてみてほしい。
服部のり子
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