「私、あの人呼ぶの反対だから」

成人式実行委員の彼女はこう言った。

「でも、いい担任だったじゃないか」

実行委員長が諭しても、彼女はがんとして受け入れようとしない。ただ、黙って首を横に振る。
ただ、僕には何となく彼女が首を振り続ける理由がわかる気がした。

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こうやって集まって会議するのはもう3回目だ。そもそも小学校単位で成人式の二次会やったらいいんじゃないかななんて、元学級委員長は酔狂なことを考える。普通は中学校で二次会をやるのに、よっぽど南小学校に執着があるんだろう。

当時の学級委員が3クラス×2人だったのでちょうどいいだろうということで、僕達は強制的に実行委員をやらされることになった。もちろん、実行委員長は言い出しっぺが担当していた。

「なあ、やっぱり担任は呼ぶべきだよなぁ」

実行委員長は言う。皆賛成の空気を出していたが、1人だけ、彼女だけは険しい顔をしていた。

「呼ぶって、どのくらい?」
「そうだなぁ、1年生からだと大変だから、4年生くらいからじゃないか?」

彼女の顔はさらに曇る。

「じゃあ最初から順番にいくと、佐藤先生、りなきち先生、....」

その名前が聞こえたその時、彼女は口を開いた。

「私、りなきち先生呼ぶの反対だから」

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りなきち先生は、多分多くの生徒から愛されていた。ジョークは上手かったし、統率力はあったし、なによりすごく人柄がよかった。でも、少し頭の古い人間でもあった。

りなきち先生は、しばしば生徒に実行委員を作らせ、行事があると、進行の全てを委員に任せた。忙しかったのもあるだろうし、なにより先生はそういう生徒たちの「自主性」を大事にしていた。

「もうすぐ1/2成人式ですが、実行委員を引き受けてくれる人ー?」

また地獄がはじまった。先生は行事が近くなると、唐突にホームルームで委員を募り出す。そのせいで5分以上ホームルームが長くなった時には、学級委員が代表して先生に謝りにいかなければならないシステムになっていたので、早く名乗り出て欲しいと僕は思っていた。でも、そうやって呼びかけても、誰も出てくるわけが無い。刻々と時間は流れていった。

あと1分。もうダメだ。そう思ったその瞬間、声が聞こえた。

「私やります」

そうやって名乗りを上げたのが、彼女だった。僕ともう1人の学級委員はホッと胸を撫で下ろした。

1人決まったことで先生も機嫌を治したのか、あとのメンバーは今まで実行委員をやったことのないメンバーを指名していった。そして、リーダーなんてやったことのない彼女は、「一番最初にやりたいと言ったから」という理由で、実行委員長に指名されたのだった。

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「でも、りなきち先生は面白かったじゃないか」
「他のクラスでも評判良かったのよ?」
「俺はあの先生が担任だったらってよく考えてたよ」

実行委員は口々に言う。僕は何も言えなかった。そんな何も言わない僕に気がついて、彼女は目線をこちらに向けた。そんな彼女の様子にみんなが気づく。

「あれ?もしかして....」
「そんなわけないじゃない。何も言ってなかったから、同じ気持ちなのかなって思っただけだよ」
「でも、コイツずっと黙ってるってことは、アイツの肩を持ってるってことだよな?じゃあ」
「彼は何も知らないよ」

正確に言えば、知らないふりをしていた。黙っていたのは良くなかったか。

僕自身は呼びたいか呼びたくないかで言えば、呼んでもいいとは思っている。来たら面白いだろうし、久々に喋ってみたいという気持ちでいる。でも、呼びたくない人が1人でもいるなら、僕は呼ぶべきでは無いと思ったし、なにも知らない人が口出しするなとも思っていた。

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「実行委員から話があるそうです」

りなきち先生はそう言って、僕達を部屋に集めた。実行委員は前に立っている。でも少し様子がおかしい。リーダーである彼女は震える声で喋りだした。

「今から皆さんに1/2成人式で歌う歌を多数決で決めて欲しいと思います。今から候補曲を流します」

委員はみなキョトンとしていた。しかし、彼女は続ける。

「まず、エールという曲です。これは、最近出た曲で....」

彼女は1人で喋り続けた。全ての進行を彼女が拙く終えた時、先生は実行委員にこう言った。

「他の人は、こうやって曲を決めることを知っていましたか?」

「いいえ」
「知りませんでした」

知っているはずがなかった。彼らは彼女の話をまともに聞いていることはなかったのだ。いつも休憩時間に集まって話し合いをするのだが、その時の集まりを見たことがある。彼女が意見を募っている時に、他の人は関係ないことを喋っていた。彼女が1人で一生懸命意見を出しても、「でもそれってさあ....」と否定されていた。これでは話し合いが進むはずもない。

りなきち先生は続けて質問を彼女に投げた。

「委員長、ちゃんと皆さんに説明してください」
「....ちゃんと言いました」
「言ったのなら委員と協力して進められるはずでしょ?どうしてみんな知らないの?」
「みんなは聞いてなかっただけです」
「それは伝わっていないということなの、言っていないことと同じ」
「....」

長い沈黙が訪れた。りなきち先生は沈黙がとても嫌いだった。

「もうわかりました。次の集まりは先生も参加してちゃんと事情を聞きます」

次の日、彼女は欠席した。

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「まあそんなくだらないことはどうでもいいんだよ」

実行委員長はその場を制した。話を進めたくてうずうずしているというような顔だ。

「お前がアイツを好きかどうかは別に気にしてないが、どうしてりなきち先生を呼びたくないんだ?」

「....」

彼女はただ黙って下を向いた。その場でりなきち先生に担任を持ってもらったのは、彼女と僕だけだった。だから、自ずと質問は僕にも投げられる。

「おい、お前なんか知らないか。黙られちゃ仕方ないから、なんかコイツにあるならお前が言ってくれよ」

彼女が唇を噛んでいる。だから、僕は何となく「これは言ってはいけないことなのだな」と思った。これを言えば、人前で泣くのが人一倍嫌いな彼女を泣かせてしまう。そんな気がした。

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「今日の授業は自習です」

りなきち先生はよく自習にした。それももちろん生徒の「自主性」うんぬんによるものだったが、今日はなにかいつもと違う。彼女がいないのだ。

「もうすぐテストを出しますから、漢字や計算ドリルを進めておくように」

そう言うと、先生は教室を出て行った。もちろん、僕達は自習するわけがなく、みんなでコソコソと喋り始めた。

「またか」
「いつも呼ばれてるのはあの子だけだよね」
「なんか泣きそうになって帰ってくるし、何してんのかな」
「きっと怒られてるんだよ」
「よっぽど悪いことをしたんだな」

多分、彼女は悪いことをしていない。正義感の強い彼女は、遅刻をしたことがなかったし、悪い人を見れば注意するような「良い子」だった。だから、みんなも僕も想像がつく。彼女は、実行委員のことで怒られているんだと。

「確か実行委員長だったよな」
「そうそう。このまえの集まりでも私たちはすごく怒られたのに、リーダーだけいなかったのよ」
「あれは風邪じゃなかったの?」
「いいや、絶対ズル休みだね」
「なんで私たちが怒られなきゃいけないの?」

話を聞かないお前たちのせいだ、自業自得だ、とは言えなかった。彼女はリーダーとしての器がない。なにせ、先生が勝手に任命したのだ。案の定、静かなタイプだったから、実行委員に大して強く言うことはできなかったのだろう。先生に対してもただ黙ってばかりだった。

自習の終わりを告げるチャイムがなって、先生と彼女は帰ってきた。先生は表面上は怒っている顔をしていたが、声はとても穏やかだった。

「前に実行委員長をやった事がある人は、放課後に突き当たりの部屋に集まってください。お話したいことがあります」

彼女は、ただ、上を向いて目を抑えていた。

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なにも言えない僕に、彼女は言った。

「いいよ、知ってるなら。言いなよ」

そんなに苦しい顔をして。とても言えるはずがない。

「....僕からは言えないよ。だって僕は、全てを知らないから」
「いいえ。あなたの知っていることが、私の全てだから。りなきち先生が私に何をしたかを私の代わりにみんなに教えて」

その時、彼女の言いたいことがわかった。きっと、オブラートに包んで冷静に話して欲しいんだ。彼女が話したら、りなきち先生は本当に悪い人になってしまう。こんなに信頼されているりなきち先生の評価を今更下げることは、彼女には荷が重すぎる。さらに、思いの丈をこの場でぶつけても、みんなは引いてしまうだけだろう。だから、丁寧に話してほしいんだ。

「やってくれる?」

僕はひとつだけ頷いた。

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放課後、僕を含めた実行委員長経験者が集まった。一体何が始まるのだろう。

「これから、1/2成人式実行委員長から話をしてもらいます」

彼女が前に出てきた。彼女の目は真っ赤で、泣いていたことはすぐに分かった。でも、彼女はまるで泣いていませんでしたよという風に普通を装って喋り始めた。

「私は、自分からやると言い出したのに、みなさんの期待を裏切って、たくさん休んだり、話し合いをしなかったりしました。本当にすみませんでした」

僕はぞっとした。みんなはどう思っていたのか分からないけれど、なんだか背中が凍ったみたいに冷たくなった。話し合いはきちんとしていたし、休んだのは怒られることがわかっていて怖かったからだ。悪いことをしたら謝らなければならないけど、彼女はなにも悪いことをしてない。もし悪いことをしているとしたら、彼女は先生にとって「悪いこと」をしたのかもしれない。ぐるぐると僕は考えていた。

「ということで、彼女がちゃんと謝ってくれたので、みなさんには、彼女を助けて欲しいと思います。あと2週間で本番が来るので、彼女と一緒に考えてください。できますよね?」

まさに、公開処刑だった。

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「....」

僕が全てを優しく話し終えた時、みんなは黙り込んでしまった。涙ぐんでいる者もいた。でも、不思議と彼女は穏やかな表情をしていた。

「そんなことがあったなんて....」
「....ごめんな」

みんな彼女に目を向け、慰めと哀れみをかける。そんな彼らに、彼女はこう言った。

「私、私ね、そういうの嫌いなんだ。そうやってしんみりして、感情に訴えかけるみたいなことしたくないの。事実を見て、みんながどうしたいか決めて欲しい。私が悲しそうだからとかじゃなくて、私の『来て欲しくない』っていう意見に素直に反対の人は、そうやって言ってほしいよ。私は、りなきち先生が来ることに反対っていうだけ」

「わかった。多数決を取ろう」

実行委員長が仕切り始めた。

僕達は、先生を呼ぶか呼ばないか、ちゃんと議論して結論を出すことにした。

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成人式当日、僕はどうしても会いたい人がいた。

「りなきち先生、お久しぶりです」
「あら久しぶり!元気にしてた?」

結局、りなきち先生は僕達の成人式の二次会に呼ばれた。話し合いの場で、彼女は中々渋い顔をしていたけど、最後には多数決で決まった。

「ええ。りなきち先生も、変わらず綺麗ですね」
「あら、大きくなってお世辞が上手くなったのね。でも、痩せすぎじゃないかしら。去年大きな病気もしちゃったから、おっぱいも1つ無くしたのよ」

快活な先生のイメージとは違って、痩せこけたりなきち先生がそこにはいた。あの時とおなじようにジョークを言っているつもりなのだろうけど、僕には愛想笑いしか出来なかった。

その時、会場の前に1台のバイクが止まった。派手なドレスを来ている。どうやら、不良になった女がいるらしい。校門の前で止まったそのバイクは、ハーレーのように持ち手が高く、ブルンブルンと唸るような音をあげていた。エンジンが止まる。ゆっくりとフルフェイスのメットを取った女を見て、僕は目をみはった。

彼女だ。派手な化粧とドレスで会場に来たこれは、紛れもなく彼女だった。

「お久しぶりです、先生」

先生は口を開けたままにしていた。僕も多分同じようにしていたと思う。

「私、先生にお礼を言わなきゃと思って、新しいドレス買ったんです、綺麗でしょ」

戸惑うように、先生は僕と顔を合わせた。僕も何が起こっているのかわからないので、先生の方を見返すくらいしかできなかった。

「先生のおかげで、私すごく変われたんです。ちゃんと伝わるように喋らないと、喋ってることにならないって先生言ってたでしょ。だから、伝えにきました」
「....どういうつもり?」
「だから、実行委員の時に、先生が私のために『わざわざ』クラスの時間を使って指導してくれたから、私はこんなに変われたって言ってるんです。今じゃ何言ってたか覚えてませんけど、私がこんなに変われたってことは、さぞかし素晴らしい説法だったんでしょうね」
「....」

先生は黙ってしまった。それもそうだ。彼女は体罰をされたと宣言しているようなものだ。しかもみんなに聞こえるほどの大きな声で。

「あれ、先生なんで黙ってるんですか。黙ることは良くないって、先生教えてくれませんでしたっけ?何か言ってくださいよ」

彼女は可哀想なくらい先生を責め立てる。先生は、ただ黙って下を向いていた。そして、すこし唾を飲み込んで、口を開いた。

「....私のせいで、あなたを傷つけていたのね。ごめんなさい」

「ええそうよ!」

彼女が声を荒らげた。こんな彼女は見たことがない。

「先生がリーダーに任命して、何も私が言えないのをいいことにあなたさんざん私に言ったわよね?先生がいなくなったあとも、リーダーを経験してるからって学級委員を押し付けられたりしてきた。私はずっと、あなたのせいで傷ついてきたし、嫌なことを沢山経験したの。もうあんなのたくさんなの!」

派手な化粧をしているのに、僕は彼女がひどく子供のように感じた。話し合いの時は、まるで第三者かのような冷静さを持っていたのに。

「本当に申し訳なかったって思ってるの?」

先生は黙った。きっと、今も先生をしていて、同じことをしているのだろう。あのやり方は、これからも変わることはないのだと、僕は悟った。そして彼女は少し落ち着いて、先生にこう続けた。

「先生が変わりたくないっていうならいいんです、別に。私が勝手に変わっただけなので。....じゃあ、先生。本当に『ありがとうございました。』お元気で」

大きく皮肉を投げ、彼女はバイクに股がった。またメットを被り、大きなエンジンを吹かして去っていった。

僕は、彼女を少しかっこいいと思った。

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※これは半分が未来予想図、つまりフィクションであり、半分は19歳のノンフィクションです。名称は全て仮名です。

あとがき
https://note.com/music753sabu/n/nc3e19cfa72f2

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なかみさん
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