雑誌の切り抜きが引き出す個々の表現:コラージュの力
現在、私はファシリテーターの力をつけるべく、トレーニングを受けている身です。
先日、その練習として、自分が主催者となってコラージュを用いたワークショップを開く機会を持ちました。ワークショップを実施するにあたり、ワーク内容・流れ・時間配分・話す内容・材料の配置・BGMなどなど、思いつく限りの配慮を施して準備して臨みました。
今回、参加者はアート作業に馴染みがない方を想定し、コラージュする素材は、たくさんの種類を用意せず、雑誌・チラシなどの切り抜きに限定しました。コラージュ素材を準備するために、自宅にある雑誌・チラシを集め、ひたすら切り抜き作業をしていましたが、その際にはたと気付いたことがありました。テーブルの上に広がる素材が私好みのビジュアルで埋め尽くされていたのです。ラジオに耳を澄ませながら、無心で作業していましたが、雑誌から切り取る時に自分が良いと思うものを無意識に選んで切り取ってしまっていたようでした。
これはまずいと、そもそも自分が選ばないような雑誌を求めてブックオフで古雑誌を買い集め、素材のバランスを取ろうと試行錯誤しながら切り取り作業を続けました。
ワークショップ当日、自分が用意したコラージュ素材を元に、参加された皆さんの手で各々のアートが作り出されました。その過程は見ていて本当に楽しく、痛快で。一人ひとりの個性の力って素晴らしいなと実感する時間となりました。
たとえば、私がこのビジュアル使えるかもな~と思って用意した切り抜きも、そのビジュアルではなく、同じページの裏側に潜んでいた小さなイラストが切り取られて作品に登場していたり、一つのビジュアルと思っていた素材が私の思いも寄らない形で分断されて新たな形で作品に収まっていたり、クシャクシャとシワを寄せて原型を保たない立体的な形で作品に入り込んでいたり。
本当に個の持つ感性、表現力ってすごい!そして、そうした個性を引き出してくれる素材の力と造形の力もやっぱりすごい。今回自分が用意をする立場だったために、ある程度自分で想定していたものがあったからこそ、個の表現の力にいい意味で予想を裏切られました。
(図工の先生とかになれたら毎日こうした個の表現に触れて楽しいのかな。笑)
短いけど、心が動いたこととして、また今後、自分の原動力となることを願って書き留めておこうというnoteでした。
場を開いてみると、行き届かなかった配慮に気付かされるもので、場数を踏む大切さを実感したので、是非興味ある人は一緒に何かしましょう。