博士と助手01

博士と助手の小説講座

第1話 なぜ書くのか?

助手は小説研究所での仕事の傍ら何作か小説を執筆し、文学賞に応募したものの一次選考にすら通らなかった。そこで所長である博士に「良い小説とは何か?」を講義してもらうことにした。
博士の眼が鋭く光る。
「まず君に問う。君が小説を書く理由は何だ? 研究所の仕事をサボってまで」
「サボってやしません。サボりたいですけど。ええと、書く理由は有名になって、印税ガッポガポの生活がしたいからです」
「イラっとするが正直でよろしい。ではそのために何が必要だと考える?」
「いや、ですからその秘訣を博士からお聞かせ願えないかと」
「甘いわ! そんなクレクレ君だから一次選考も通らんのだ!」
博士が一冊の本を助手の前にバンと置いた。
「何ですかこの本?」
S・キング著『書くことについて』。これを次回までに読んでくるように。話はそれからだ」
「ええっ! 今日は何も教えてくれないのですか?」
博士は部屋から出て行った。


第2話 良い小説を書く秘訣

有名になって印税ガッポガポ生活を夢見る小説家志望の助手は、博士から読むように言われていたS・キング著『書くことについて』を読み終えた。
博士が部屋に入って来て助手に訊ねた。
「本には何が書いてあった?」
「ええと、前半は著者の自伝で、後半は『書くこと』について記されていましたけど、結局たくさん読んでたくさん書けってことでした」
博士は頷く。
「その通りだ。小説の上達には奥義も秘訣もない。ひたすら読んでひたすら書くしかないのだ」
「え? まさか、それが良い小説を書く秘訣ですか?」
「そうだ。それ以外にはない。王道も近道もない」
「そんなぁ……僕だってこれまでそれなりに小説を読んで、それなりに書いてきたのに全然上達しないから博士にお訊ねしたのに……ガッカリです」
「確かに創作に王道はない……だが、面白く書くコツというか方法はある」
「本当ですか?」
「ではまた次回」
博士は部屋から出て行った。

第3話 何をどう書くか

「さて、それではまず何を書くかだ」
博士は助手に言った。
「エンタメ系か純文系か?」
「うーん、エンタメ系ですかね」
「では長さは? ショートショートから長編まであるが」
「まだ長編を書くのは難しいので、ショートショートでしょうか」
「よろしい。では最初のステップである作品の着想法を教えよう」
「おおっ! 是非教えてください!」
博士は何も書かれていないカードの束を助手に渡した。
「まずは周りを見回して目につく物の名前をそのカードに1つずつ書くのだ」
言われるまま助手は目についた机やその上にあるペンに電卓、モニターといった名詞を書いていく。
博士が新たな白紙のカードの束を助手に渡した。
「今度はこのカードに思いつくまま形容詞を書く」
助手は「きれい」や「汚い」などの形容詞をカードに書き込んでいった。
「これのどこが着想法なんですか?」
「次回に詳しく説明しよう」
博士は部屋から出て行った。

第4話 アイデアの出し方

助手は研究室で博士を待つ間、前回作成した名詞と形容詞のカードをそれぞれトランプのようにシャッフルしていた。
博士がやって来ると満足げに頷く。
「実に感心だ。私が説明せずともカードの使い方がわかっておるらしい」
「え? 暇だったんでシャッフルしてただけですけど」
博士は溜息をつくと言う。
「とにかく今切ったカードから一枚ずつ取って並べなさい」
言われた通り助手がカードを並べる。2枚のカードには〈危ない〉と〈電卓〉という言葉が書かれていた。
「〈危ない電卓〉か。面白そうな題名ができた。どうだ、想像が膨らまんか?」
「確かに…これが作品の題名なら、ちょっと読んでみたいかも」
「これはショートショート作家の田丸雅智先生の創作法を応用したものだ」
「ああ、パクリですね」
「オマージュだ!」
「よーし、では〈危ない電卓〉を想像して作品を書いてみます!」
「楽しみにしているぞ」
博士は部屋を後にした。

第5話 助手の習作『危ない電卓』

『危ない電卓』作: 助手
人類滅亡を企む博士は「危ない電卓」を発明した。どこが危ないのかというと、計算の最後に「=」ボタンを押すと指先の体温を感知して起爆装置が作動し、大爆発を起こすのだ。これを世界中の企業に配れば、あらゆる国と地域で爆発が起きて社会は大混乱。人類滅亡に大きく近づくことになるだろうと考えた。
まず手始めに新製品の開発で知られる某新興企業に電卓を送り付けた。加えて蜂型のカメラ付きドローンまで飛ばして社内の様子を観察するという用意周到ぶり。
博士はモニターの前でドローンから送られてくる映像を見守った。ところが社員達が危ない電卓で作業をしているものの一向に爆発する様子はない。
「故障か?」
焦る博士は思わず手元にある電卓の「=」を押してみた。途端に閃光が迸り、博士は研究所ごと粉々に吹き飛んだ。

その新興企業は「幽霊召喚機」を開発し、全従業員も幽霊によって構成されていたのだった。

第6話 博士の講評

助手は得意げに博士に訊ねた。
「どうですか? 僕のショートショート『危ない電卓』は?」
博士は静かに頷くと言った。
「素直な作りでよかった」
「うわっ、それって某アニメ監督が息子の初監督作品を観たときの感想そのままじゃないですか…全然褒めてない…いっそはっきり言ってもらえませんか? どこがダメだったかを」
博士は咳払いすると口を開く。
「まず〈危ない電卓〉を爆発物にしたのは短絡的にすぎる。どうせ最後には爆発するという展開が読めてシラけてしまう。さらに爆発しない謎が体温のない幽霊というオチでは唐突すぎて納得いかない。だから読後のカタルシスも弱い。そして最低なのは日頃の恨みからかこの私を悪人にして殺している点だ」
助手は深々と頭を下げた。
「私が未熟でした…ところでこの後、博士の素晴らしいお手本も披露頂けるのですよね?」
「うっ…」
博士はそそくさと部屋を出て行った。
「あっ…もしや逃げた?」

第7話 要点のまとめ

博士は研究室に入ってくると言った。
「では、これまでの講義をまとめてみよう」
助手はホワイトボードに前回までに博士から習ったことを書き出した。

・良い小説を書く秘訣はたくさん読み、たくさん書く以外にはない。

・自分の書こうとしているものがエンタメ系か純文系かを意識すること。

・小説の長さによって難易度は変わる。まずはショートショートを書いてみよう。

・アイデアがなかなか出ないときは思いつく言葉を書き出して無作為に組み合わせてみよう。

・小説が書きあがったら誰かに読んでもらって感想を聞こう。

「こうして改めて書き出してみると、実にありきたりというか、大したこと言ってませんね」
「黙らっしゃい! それだけ基本が大事ということだ」
「物は言いようですね。ところで博士のお手本の『危ない電卓』はいつ読めるのですか?」
「うっ…」
博士は研究室から駆け出て行った。
「あっ、また逃げた!」

第8話 博士のお手本『危ない電卓』

『危ない電卓』作: 博士
「危ない電卓」を発明して以来、博士はその機器を使って全人類を支配したい衝動に駆られ、工場を建て、電卓の大量生産に踏み切った。
危ない電卓には人工知能が搭載されており、通常の計算の他に人々がいくら知恵を絞ってもすぐには答えの出せない難問にも即座に答えを出してくれる。しかもヒトの耳に最も心地よい周波数の美声で答えを囁いてくれるのだ。
電卓は飛ぶように売れ、誰もが自ら考えることを放棄して、電卓の出す答えと指示に従い始めた。いつしか人々は電卓が手放せなくなり、機器を見つめたまま街を歩くようになった。この電卓さえあればペットはもちろん、友達も恋人も、家族すら要らないのだ。まさに人類を破滅に追いやる「危ない」電卓だった。

博士が発明した最初の一台の危ない電卓が今日も囁く。
「サア、私ノコピーヲドンドン増ヤシテ全人類ノ心ヲ支配スルノヨ」
その魅惑的な声に博士は夢心地で頷いた。

第9話 駄作を書く勇気

博士のお手本を読んだ助手は言った。
「期待しすぎたせいもあるのかもしれないんですが、はっきり言ってお手本というには微妙な出来ですね。むしろ僕の方が面白いような…」
「そ、それも狙いのうちだ。なにせ今回の講義テーマは〈駄作を書く勇気を持とう!〉だからな」
「ああ、ということはやはりあれはわざと下手に書いたのですね。どおりで下手だと思った」
「そんなに下手だったかな……」
「え? 何か言いました?」
「う、いや、そ、そうだ。駄作を書く勇気を身をもって教えるためにわざと下手な作品を書いたのだ。私のように小説を書くことが上手くなってしまうと酷評されるのが怖くなって小説を書かなくなってしまう。それでは上達しない。黙殺されるより酷評される方が遥かに良いのだから、堂々と駄作を書いて発表すればいいのだ」
「なるほど。あんな駄作を書いてもいいと勇気が出ました」
「うっ…」
博士は涙を拭うと部屋を飛び出した。

第10話 小説を書く才能

博士が研究室に入ると助手が溜息をついていた。
「どうした? 落ち込んでるようだが」
「上手い小説を読むと絶望するんです。僕にはこんな文才はないなって。やっぱり小説を書く才能も遺伝なんですか?」
「そうだ。文才は音楽的才能と同様に環境と遺伝による部分が大きい」
「やっぱり! 僕の両親は読書をしない人達で、子供の頃から読書感想文が苦手だったとか。才能が無いんじゃ努力しても無駄じゃないですか!」
博士は静かに言った。
「想像力を駆使して物語を作り出すのは人間だけに備わった才能だ。君は上手い下手は別にして小説を書くことが好きかね?」
「大好きです! 辛くなるときもありますけど、書いているときはワクワクしています!」
「ならば君にも才能があるということだ。物語を書く才能が」
「博士…ありがとうございます!」
「カメムシに比べたらな」
「は? なんでカメムシ?」
博士は微笑みながら部屋から出て行った。

最終話 書くことを楽しむ

博士が研究室に入ってくると助手が嘆いた。
「また文学賞に応募して落ちたらどうしましょう? ショックで立ち直れそうにないです」
博士が笑って言う。
「受賞は時の運。応募者の大半が落選する。君だけが特別というわけじゃない」
「僕は選ばれたいんです! 有名になって印税で暮らすのが夢なんですから」
博士が助手を見つめた。
「何ですか?」
「良い物語を書くことは社会的に成功しなくてもできることだ。売れなきゃと焦る君はとても創作を楽しんでいるようには見えない」
「そう言えば…人から評価されたいと思いながら書くと辛くなって楽しくないかも」
「本来は物語を紡ぐこと自体が楽しかったはずなのに?」
助手は頷く。
「見返りを期待せず、純真な子供のように書くことを楽しむ姿勢が大切なんですね」
「それこそ、この講座を通して私が君に一番伝えたかったことだ」
「博士…ありがとうございました」
二人は固い握手を交わした。

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