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EP13 ウォッチヒルズ

EP13 ウォッチヒルズ
はらりと落ちてくる。
東京で見るよりずっと大ぶりのカラスの羽が。
まるで女の長い髪が頬を撫でるように、美しく紫色に艶めきながら。
死んだはずの父親が俺に詰問する。
毎回お前が大事なときこそ遅刻するのは周囲の注目を一身に集めたいからか、いい加減にしろよ。
これは実際には祖母が亡くなったときに、通夜の席で言われたことだ。
中で出していいよ♡の彼女が今日はお尻に入れて♡♡と尻尾を振る子猫のように、身をしならせ求めてくるので尻に入れてやる。
やがて尻に入れたものを口いっぱいに放出すると、幾分得意げな表情でにんまり笑い。
全部飲んじゃった♡♡♡
俺は手にしたティッシュペーパーを引っ込め全部飲んじゃった♡♡♡の彼女の口に自分の唇を強く押し付け舌で歯茎の裏表を隈なく撫で回し。
天国と地獄の安全保障上これらは回収させて頂きます。
葬儀社の女性職員が父の遺骸が納められた棺に腐った草餅みたいにくたびれた登山靴や、金属製のくさびや帽子や方位磁針などを土壇場になって入れようとする母の見苦しい姿を制止。
あくまで事務的口調でさ。
全部飲んじゃった♡♡♡の彼女は派手に裂け目の入ったストッキングを手際よく丸めてハンドバッグに突っ込むと、シャワーも浴びずに帰り支度を整えながら。
わたし他に好きな人ができたの、別れてもいい?
いいに決まってるのでいいよと答えて玄関扉を閉めようとしたその瞬間の表情は、不思議と微妙にがっかりした様子のミニスカ足首丈のショートブーツ。
葬儀社が用意した通夜の会場は無駄にだだっ広く、なぜか床はガラス張りになっており、人間の大人ほども体長がありそうな電気うなぎが数え切れないほど放たれていて、喧嘩で剥がれ落ちた鱗から血を流しもつれ合うようにして泳ぎ回り。
そのうち繁殖期にあるオスとメスが交尾し始め激しく放電し始めて。
するとその青白い光の飛沫が大きく波打つ水面に飛び散って、分厚いガラスの床の天井を濡らして黒い喪服の参列者たちの足元を照らし。
父方の親族は皆揃って合成樹脂製のあまり出来の良くない父の歪んだデスマスクをつけており、4兄弟の末弟にあたる叔父が俺の両肩を強く掴んでくぐもった声でこう言っ。
お前はまるで挙動不審だしすっかり人相が悪くなった、そしてこれが一番重要なことだがお前の言うことはすべて負け犬の遠吠えだ。
お前は負け犬だ。
すべて筒抜けだ。
みんな見て知っているんだよ。
これは実際には俺が1か月近くに及ぶ路上生活の終盤に、耐え難い空腹と疲労に根負けして実家に逃げ帰った際に、ウイスキーグラス片手の父親に言われた台詞だ。
いやらしいこと考えているんでしょ♡
別れてもいい?の彼女が割り箸を使ってまるで熟練の美人外科医のように、繊細かつ無駄のない手つきで切り分けた俵形コロッケの4分の1を口に含み、唇の端に残った蟹クリームをいたずらっぽく舌でぺろりと拭いながら、キラキラした瞳をくるりと一回転させて。
これは実際にはいやらしいこと考えているんでしょ♡の彼女が俺と初めて寝た次の日の昼下がりに、隣町の駅前にあるちょっとした串揚げ屋で口にした台詞だ。
その暖簾の向こうでざわめく空気の巨大な塊が次第に通りを近づいてきて、商売繁盛と疫病退散を祈願する巫女たちの威勢のよい掛け声がガラス戸をガタピシ揺らし。
古来より続く伝統に従い巫女たちは揃いのふんどし姿。
胸をはだけ、その中で今年厄年の巫女ひとりだけ肉付きのよい裸体を一糸纏わず晒して二本の角がにょきりと生えた猫とも猿ともつかない木彫りの面を被っており、女陰をかたどった神輿に麻縄で亀甲縛りにされた状態で屹立する赤黒く鬱血した巨大な男根像に不意に飛び移ったかと思うと、両手で抱え込むようにしてしがみつき、振り落とされないようにしながら手にした短刀に渾身の力を込めて、その先端のど真ん中にずぶりと突き立て瞬間決して作り物ではない本物の鮮血が勢いよく吹き出しモーターサイクルも電光掲示板も居合わせた群衆の網膜も一面真っ赤に染め上げて。
お前はいいよ。
好き勝手に生きてるからな。
でもみんなやりたいことも出来ずに我慢しながら生きているんだ。
ほざくな。
これは実際には父の何回目かの法事で俺よりずっと歳下の太った従兄弟が口走った単なる愚痴だ。
それで気がついた。
これは夢だ。
これは現実ではない。
そして驚いた。
夢を見ながら自分が涙していたことに。
俺は泣いていた。
これは現実だ。
金がなくて、何もせず1週間以上ひたすら眠り続けるだけの生活を送っていた。
やがて夢と現実の境界線が曖昧になり、区別がまったくつかなくなった。 
たとえ尿意を催しトイレに立つことはあってもまたベッドに寝転び沼地に沈み込むようにして深い眠りに落ちていくと、再び夢の続きが始まった。
夢の中で、俺はもがき苦しんでいた。
必死に抵抗していた。
もしかしたら、それは今も同じなのかもしれない。
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