令和6年司法試験 刑事訴訟法 再現答案

令和6年司法試験 刑事系第2問(刑事訴訟法) 再現答案
作成日 2024年7月24日
構成 20分 作成100分
分量 7.7枚

設問1
1(1)【鑑定書】自体は甲が逮捕された際に差押えられたポリ袋を鑑定して作られたものである。しかし、かかる逮捕や差押えは捜査報告書①、②を基に行われた。同報告書は逮捕・差押の前段階である所持品検査に関するものである。そこで、所持品検査の適法性が問題となる。なお、Pによる一連の行為は職務質問に端を発し、時間的場所的せっやく性のある一連の行為として行われているから、行政警察活動として検討する。
(2)ア 所持品検査は明文の根拠はないが、職務質問に付随しその有効性・実効性を向上させるものであるから、それを行うこと自体は認められる。職務質問に付随するものだから、それが適法であるには職務質問(警職法2条1項)が適法である必要がある。そこで、職務質問の適法性を検討する。
イ Pは,本件アパート201号室を拠点として覚せい剤密売が行われているとの情報を得ていたところ、同室から出てきた人物がI市路上で甲と接触し、封筒を渡すところを見た。覚せい剤の密売がされているとの情報のある201号室から出てきた人物から渡されていることから、Pが本件封筒の中に覚せい剤が入っているのではないかと疑うのは合理的である。その後、甲の前科を紹介したところ、覚せい剤使用罪(覚せい剤取締法19条)の前科があることが判明し、密売と何らかのつながりが残存している疑いがある。また、甲は異常に汗をかき、目をきょろきょろさせ、落ち着きがないなど、覚醒剤常用者の特徴を示していたため、本件封筒の中に覚醒剤が入っているとの疑いが更に高まっている。このように、当初から甲に覚せい剤使用罪の嫌疑が高まっていたところ、質問が進むにつれて嫌疑は高まり続けており、「何らかの犯罪を犯した…と疑うに足りる相当な理由」があるといえる。
 Pは甲が逃げだした際に、回り込んで逃走を阻止したが、甲の嫌疑が質問をするにつれて高まっており、その時点で甲の覚せい剤使用の疑いは非常に高くなっていたこと、単に回り込んだだけであることを考えると、「停止させ」る行為として相当なもの(警職法1条2項参照)である。
ウ 以上より、職務質問自体は適法である。
(3)ア ここで、所持品検査はプライバシーを侵害し得る行為であり、あくまでに任意でなされるべきだから、相手方の承諾を得ないでした所持品検査は違法になるとも思える。しかし、常に承諾を必要とすると職務質問の有効性・実効性を図ることができない。そこで、捜索に至らない程度の所持品検査は強制にわたらないかぎり、適法になると解する(米子強盗事件参照)。
イ Pは「そのかばんの中を見せろ」と言って本件カバンのチャックを開け、その中を覗き込みながら在中物を手で探り、その結果注射器を発見するに至っている。Pはその時点で甲が覚せい剤を使用しており、それを隠し持っているのではないかと強く疑っていたのだから、覚せい剤使用罪関係の証拠物を探索する目的で本件カバンの中に手を差し入れたといえ、捜索(刑事訴訟法218条1項、以下法名省略)に至ってるといえる。
 仮に捜索に至っていないとしても、強制にわたっている。強制にわたるかは、「強制の処分」(警職法2条3項、刑訴法197条1項但し書き)に当たるか否かで判断されるが、それは被処分者の意思を制圧し、その重要な権利利益を実質的に侵害するか否かで判断する。甲は封筒の中身を見せなかったり、Pの質問から逃げたり、「任意じゃないんですか」等の反抗的な態度を示しているので、Pがカバンの中を見ることを承諾していないはずである。ゆえに被処分者の意思を制圧している。また、カバンの中には所持品が入っており、人に知られたくない物も入っているかもしれないから、私的領域に属する事柄であり、をれをPは中をのぞきながら在中物を手で探っており、私的領域に侵入されない権利(憲法35条)を実質的に侵害しているといえる。ゆえに、強制にわたっている。
ウ 以上から、本件所持品検査は違法である。
2(1)違法な捜査によって得られた証拠は、適正手続きの保障、司法の廉潔性、将来の違法捜査抑止の観点から①捜査の違法が令状主義等刑訴法の基本原則に違反する等の重大なものであり、②将来の違法捜査抑止の観点から証拠能力を排除することが相当である場合に証拠能力が否定される(違法収集証拠排除法則)。本件は所持品検査という行政警察活動であるが、上記のとおり捜索に至っていることや、甲への嫌疑が高まっていた等の状況を考えると捜査としての実質もあるので同法則を適用することは可能である。
 もっとも、鑑定書は所持品検査自体から得た証拠ではなく、捜査報告書①・②を疎明資料としてなされた適法な逮捕・差押えによって得たポリ袋を鑑定したものであって、捜査報告書②の関係で派生証拠である。そこで、先行する捜査の違法の重大性、証拠としての価値、違法捜査と派生証拠との関連性を考慮して上記①、②を判断すべきである。
(2)Pによる所持品検査は前記のとおり捜索に至り、又は強制処分に当たる行為であって、捜索差押許可状(218条1項)を得ていないので、令状主義に違反する。また捜査報告書②には本件かばんのチャックを開けたところ注射器が入っていた旨記載されていたが、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したことは記載されていない。報告書②は注射器発見の経緯に関するものであって、その経緯を詳細に記すべきものである。そして、Pが本件かばんの中に手を入れて探ったという行為は注射器発見に至る中核的な経緯である。にも関わらずこれを記載しなかったのは、Pは当該恋が違法であることを認識し、これを隠蔽しようとしたものだと考えられる。このように、Pの行為には令状主義違反があるのみならず、令状主義を潜脱する意図がある以上、所持品検査の違法は重大であるといえる(①充足)。
 本件鑑定書はポリ袋に付着した結晶が覚せい剤であることを示す客観的証拠であるところ、覚せい剤使用罪という密行性の高い犯罪において、本件鑑定書のような客観的証拠は非常に重要な証拠である。また、鑑定書の前提となった甲の逮捕・差押は捜査報告書②のみならず①をも疎明資料としているので、その分報告書②と鑑定書の関連性は薄盛るともいえる。以上からすれば、鑑定書を証拠から排除するのが相当ではない(②府充足)とも思える。
しかし、捜査報告書①は覚醒剤の密売拠点と疑われる本件アパートから出てきた人物から甲が本件封筒を受け取って本件かばんに入れたこと、甲には覚せい剤使用罪違反の前科があること、甲が覚醒剤常用者の特徴を示していたこと及び甲は本件封筒の中を見せるように言われると逃げ出したことが記載されてるが、かかる情報はPの観察した主観的な情報が中心であり、具体的に覚せい剤使用が疑われる物証について記されているわけではない。報告書②で本件かばんから注射器という覚せい剤使用を強く疑わせる物が出てきたという事実をもって、はじめてPの覚せい剤使用の疑いが相当以上の者に高まるのである。報告書①のみで甲が逮捕し、現場での差押(220条1項1号)ができたか明らかでなく、甲の逮捕・差押において報告書②は重要な意味をもつ。また、もし鑑定書の証拠能力を認めてしまうと、令状なく捜索にわたるような所持品検査をしても許されるという前例を作ることになりかねず、令状主義の趣旨を空洞化する恐れがあるし、また前述のようなPの著しい法無視の態度を追認することになり、司法の廉潔性を害する。以上のことから、将来の違法捜査の抑止の観点から証拠能力を否定するのが相当である(②充足)。
(3)よって違法収集証拠排除法則により【鑑定書】の証拠能力は否定される。
設問2
第1 捜査①について
1(1)捜査①は男性を撮影するものであり、捜査官が五官の作用により撮影した客体を認識する作用であるから、検証(218条1項)の性質をもつ。検証許可状(219条)なく行われているから、捜査①が「強制の処分」(197条1項但書き)に当たる場合は令状主義違反として違法となる。
(2)ア そこで強制処分該当性が問題となるところ、前記のとおり被処分者の意思を制圧し、その重要な権利利益を実質的に侵害するか否かによって判断する。
イ 捜査①は喫茶店でなされたが、喫茶店の店長の承諾は得ているのでその管理権は侵害しないが、被撮影者の承諾は得ていない。撮影は拒むのが通常であるから、被撮影者の黙示の意思を制圧しているといえる。次に、動画撮影は継続的に対象の姿態を映し出すものであって写真よりもプライバシー侵害の程度は高い。しかし、撮影された場所は喫茶店であって喫茶店に入店した客や店員等から姿態を観察されることは当然受容して入店しているはずであって、プライバシーへの期待は減少しているといえる。撮影時間は20秒と短時間に留まるし、また飲食する様子を撮影したにとどまるのであって、人に見られて特段困るようなものを撮影したわけではない。以上からすれば捜査①は乙らしき男性の重要な権利利益を実質的に侵害したとはいえない。
ウ 捜査①は強制処分ではなく、任意処分である。
(3)ア 任意捜査といえでも無制限に許されるわけではなく、捜査比例の原則に適合する範囲でのみ許される(197条1項本文)。具体的には、捜査の必要性・緊急性と被処分者の不利益等を考慮し、具体的状況の下で相当といえる場合には任意捜査の限界を越えず適法となる。本件のようなビデオ捜査の場合、撮影対象が犯人である蓋然性、証拠保全の必要性・緊急性、撮影方法の社会的相当性等を考慮して判断すべきである。
イ 捜査①は動画の撮影であって、写真と比べて対象の動作を継続的に映す点でプライバシー侵害の度合いが高い。また、乙のみならず、無関係の後方の客の様子まで映っている点で過剰なプライバシー侵害を起こしている。このような点から、捜査①は具体的状況の下で相当とはいえないのではないかとも思える。
 しかし、乙は覚せい剤所持の前科があり、かつ覚せい剤密売のアジトという情報のある本件アパート201号室の賃借名義人であるところ、9月27日の午前1時30分や2時という通常人の出入りのない深夜に同室へ人の出入りがあることから、乙には覚せい剤営利目的譲渡(覚せい剤取締法41条の2第2項)の疑いがある。そして、被撮影者は乙の顔と酷似していたとのことであり、その人物が乙である蓋然性は相当程度に高い。覚せい剤営利目的譲渡罪は短期1年罰金500万円の重大犯罪であるり、またかつ密行性が高い。また本件のように201号室を根拠地として繰り返し密売がなされる場合、検挙が遅れれば遅れるほど覚せい剤の流通量が多くなり、それだけ覚せい剤使用者が増えていってしまうので、機を逃さず検挙する必要性が高い。特に乙は201号室の名義人であり密売の中心的な人物と考えられるので、なおさら乙を検挙の必要がある。午前1時30分に入った男の顔が乙に酷似していたところ、乙は首に蛇のタトゥーがあるという珍しい特徴を有しており、それが確認できれば乙とその人物との一致を確認できる。しかし、乙らしき人物が201号室に入ったのを目撃したのは深夜であり、首のタトゥーを写すのは難しかった。以上から、昼に喫茶店で当該人物の首のタトゥーを確認するために撮影する必要性は非常に高かったといえる。
 乙を撮影したのは20秒という短い時間に留まるし、飲食の風景を撮影しただけでみられて困る姿態を取ったわけではない。前述のとおり乙のプライバシーへの期待は減少した板といえる。ゆえに、乙への往来橋―侵害の程度は低い。加えて、乙後方の客もやはり喫茶店に来た以上他の客等から姿態を観察されるのは当然受忍すべきであってプライバシーへの期待は下がるし、見られて困る姿態を撮影したわけではない。喫茶店で他の客が映ってしまうのはある程度仕方ないともいえる。ゆえに、プライバシー侵害は大きくない。よって、撮影の方法は相当性を逸脱しているともいえない。
ウ 以上から、捜査①は具体的状況の下で相当といえ、任意捜査の限界を越えない。
2 捜査①は適法である。
第2 捜査②について
1(1)捜査②も①同様動画撮影であり、検証としての性質があるので、検証許可状をえていない以上、もし捜査②が強制処分に当たれば令状主義違反として違法となる。
(2)ア そこで今日処分該当性を捜査①と同じ基準で判断する。
イ ビルの所有者及び管理会社の承諾を得て捜査②を行っているので、それらの管理権は侵害しない。一方、乙や本件アパートに居住する他の住民の姿態が映ることになるが、彼らの承諾は得ていないので、その黙示の意思を制圧しているといえる。捜査②では①と違い、10月3日から12月3日までの約2か月という長期間にわたって、毎日24時間継続的に玄関ドア及び付近の共用通路を撮影し続けている。これは相当強度な私的領域に侵入されない権利への侵害であって、重要な権利利益を実質的に侵害しているとも思える。しかし、撮影したのはあくまで201号室の玄関ドアやその付近の共用通路であって、部屋の中を撮影したわけではない。玄関から共用通路へ出ていく姿や通路を歩く姿を撮影されてしまうが、同室の玄関ドアは幅員約5メートルの公道側に向かって設置されていたことから、公道を通行する者からその姿態は観察さる得る状態にある。つまり、他の人間からその姿態を観察され得ることでプライバシーへの期待が減少している点で捜査①と大きな差はないのである。そうであれば、私的領域を侵入されない権利が侵害されたというよりは、小さなプライバシー侵害を一定期間継続して受けるに過ぎず、重要な権利利益を実質的に侵害したとは評価できない。
ウ ゆえに、捜査②は強制処分ではない。
(3)ア 次に任意捜査としての限界を越えないかを検討するに、捜査①と同様の基準で判断する。
イ 乙は本件アパート201号室の賃借名義人であるところ、同室を拠点として覚せい剤密売がなされているとの情報があったこと、現に同室から出てきた男と接触した甲が覚せい剤使用罪で逮捕されていること、9月27日の深夜にも同室に人の出入りがあったこと等から、乙を中心人物として複数人で組織的に覚せい剤の密売を行っていたのではないかという合理的な疑いが存在する。このような組織的継続的な覚せい剤の取引は、時間が経過するほど流通量が増大し、それだけ使用者が増えていく関係にある。ゆえに、乙とその他の男性らとの共犯関係、覚醒剤の搬入状況などの組織的な覚醒剤密売の実態を明らかにするため、本件アパート201号室への人の出入りの様子を監視する必要が高いといえる。もっとも、同室のドア横には公道上を見渡せる位置に腰高窓が設置されていたことから、同室に出入りする人物に気付かれることなく、同室の玄関ドアが見える公道上で張り込んで同室の様子を間断なく監視することは困難であった。ゆえに、反対側のビルを借りてそこから撮影する必要性が高かったといえる。
 以上のように捜査②を行う高度の必要性が認められる一方で、乙やアパート住民が受ける不利益はすでに見た通り限定的なものであって、防犯カメラ等でもあり得るものである。
ウ 以上より、捜査の必要性・緊急性が非常に高い一方で乙らの受ける不利益はそれを上回らないから、具体的状況の下で相当といえ、任意捜査の限界を越えない。
2 捜査②も適法である。
以上

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