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キュビスムとは何だったのか?! それ掴むならこの展示。 【キュビスム展レポ】


キュビスムといえば、みなさんは何を思い浮かべますか?

私の勝手な予想ですが、きっと多くの方が美術の教科書を思い浮かべつつ「ピカソ」と答えるのではないかと思います。

では、キュビスムとはどのような表現で、どのような作品があるのでしょうか。
キュビスムの奥に広がる多様な表現の世界に触れてみたくはありませんか?

美術館入り口より

その豊かな世界に誘ってくれるキュビスムの展覧会が、現在上野の国立西洋美術館で開催中です。
140点もの作品が集結し、その規模はなんと過去50年で初レベルとのこと。
東京展の会期は2023年10月3日から2024年1月28日まで。
その後京セラ美術館へ巡回し、3月より再び開幕します。

本展はキュビスムのインスピレーション源となった先行表現から、キュビスム最晩期の作品までを通覧することができる構成になっています。
つまり、見ていくだけでキュビスムの表現の変遷や時代の移り変わりを体感できてしまうのです。
さらにどのセクションにおいても素晴らしい作品が展示されているので、見終わる頃には満腹になっていること間違いなし。

「キュビスムって取っ付きづらそう…」という方には、音声ガイドのレンタルをおすすめします。
筆者も借りてみましたが、知らない作家の作品も多いながら、背景知識を知りつつ鑑賞すると、面白さもぐんと増します。

本記事では素敵な作品を数点紹介しつつ、キュビスム作品の魅力をお伝えしていきます。



そもそもキュビスムとは?


キュビスムの語源は「キューブ」(立方体)です。
キュビスムの旗手となったのはピカソとブラックの2人の画家ですが、ブラックの作品に対してとある批評家が放った揶揄がこちら。


「風景も、人物も、家も、すべてのものを幾何学的図形に、立方体に還元する」

高階秀爾「西洋近代美術(下)」より


これがそのまま呼称の元となっているようです。

前衛的な芸術運動は悪口がその呼び名につながることがしばしばあります。
当人たちにとっては、自分たちの新しさの証として褒め言葉のように映るのでしょうか…。

ジョルジュ・ブラック《楽器》(1908)

キュビスムの大きな特徴は、一つの画面の中に複数の視点から見た対象の姿を同時に描き込む点にあります。
例えば上の楽器は厚みの部分がだぶついているように見えます。
これは左からの見え方と、右からの見え方を合成しているためです。

一見不思議な表現ですが、この方が実際の私たちの物体の知覚の仕方に近いとは言えないでしょうか?
私たちが見ている世界は常に動き、同じ面を見せたまま固まることはありません…。


作品紹介

・キュビスムの0章


キュビスムの表現の誕生には、様々な先行表現が欠かせませんでした。
本展でもセザンヌをはじめ、ピカソらに霊感を与えた様々な前時代の巨匠の作品が紹介されています。

左:ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》(1881)
右:ジョルジュ・ブラック《レスタックのリオ・ティントの工場》(1910)

対象の形を円錐や円に還元して描いたセザンヌの表現は、キュビスムの画家たちに多大なヒントを与えました。

特にブラックはその影響をより強く受けたと言われます。
会場にはもっとセザンヌらしさの色濃いブラックの作品もありますが、見比べてみると様々な影響関係が見て取れて面白いです。

個人的にキュビスムとは関係なくブラックの透き通るような色使いが好きなのですが、やはりこれもセザンヌに通じる部分があるように思います。


・ピカソとブラック


ピカソとブラックは切磋琢磨しながらキュビスムの表現を探求していました。

展示風景より
ジョルジュ・ブラック《ギターを弾く男性》(1914)

この時期の作品はどちらがどちらか分からないほどそっくりです。
しかしよく比較すると、ピカソの方がより感情的なタッチが目立ち、ブラックの方がより落ち着いた画面を描き出しているように見えました。

色彩も抑えめで、パズルのような理知的な作品が連なるこのセクション。
しかしどこか強いエネルギーを感じさせるように思われます。
新たな表現を開拓しようと野心を燃やす画家の姿が垣間見えるようです。


・柔らかなキュビスム


一口にキュビスムといっても、ピカソやブラックの後には実に多様な表現が展開されていきます。

ソニア・ドローネー《バル・ビュリエ》(1913)
同上

先ほどまでのものとは打って変わって、ため息が出るほどロマンチックな作品です。
ダンスをする人々は背景にゆるやかに溶け込みながらも、生き生きとした動作を感じさせます。
色とフォルムが織りなす詩のような作品です。
とても横長な作品で、2分割せざるを得なかったのが残念。


マルク・シャガール《ロシアとロバとその他のものに》(1911)

詩情豊かといえばこちらも欠かせません。
シャガールもキュビスムの影響を受けた1人だったのです。

本作を見てみると、夜空に舞う人物は首が取れているように見えますし、ロバの目もなんだか怖い感じがします。
しかし同時に夢のような輝きが醸すノスタルジックさは、不思議とそんな要素をも包み込み、ちぐはぐさとは無縁の調和した世界をつくり上げているようです。

複雑な感情が読み取れるようで非常に心惹かれた一作です。

シャガール繋がりで、ついでにモンドリアンの彫像もご紹介します。

ピエト・モンドリアン作
※作品名のメモを失念しておりました…。

ありえないほど引き伸ばされた人体表現ですが、違和感どころか凄まじい洗練、上品さを感じさせます。
これもキュビスムの系譜の上に位置づけられるということは、本展示で初めて気付かされました。


ラ・リュッシュ

ちなみになぜシャガールからモンドリアンなのか。

本展にも紹介がありますが、それは2人が貧しいアーティストたちが集まり前衛表現を追求したラ・リュッシュの仲間同士だったからです。
ここには他にもブランクーシなどの大物作家も居住していました。

ハニカム型のこの集合住宅を中心に新しい芸術に対する思いが渦巻き、才能ある作家たちが制作に励んでいた思うと熱いものが込み上げてきます。

・キュビスムと新技術


キュビスムの表現も時代とともに様々に変化していきますが、中には当時の新技術の影響を思わせるものもあります。

フランティシェク・クプカ《色面の構成》(1910-1911)

連続写真や映画が出てきた頃の作品だそうです。
女性の動きを色面で表現している様子は、瞬間瞬間を収めた写真を重ねて透かしたかのようです。
カーテン越しに夕陽を見るような色合いや女性の動作の美しさも見どころですが、技術と表現の密接な結びつきも改めて認識させられる作品です。

ナターリヤ・ゴンチャローワ《電気ランプ》(1913)

機械的な印象を受ける作品です。
特に黄色い部分は、ライトとその光線を表現しているようにも見えます。
機械時代の新たな知覚的体験として、鋭敏なアーティストの目に留まったのかもしれません。
やはりアートは今も昔も「現在」を反映するものなのだなと思わされます。


まとめ


ここまで様々な作品を取り上げてきましたが、キュビスムの表現の多様さ、豊かさが少しでも伝わっていれば嬉しく思います。

最初にご紹介したような基本的理念は通底しつつも、ピカソらに始まり多くのアーティストたちによってのびやかに表現が展開されていった、豊かな芸術運動。
そんなキュビスムの姿が、実際に展示を追いながら徐々に立ち上がってくるようでした。

非常に素晴らしい鑑賞体験を味わうことができたと感じます。

この機会にご自身で足を運び、このキュビスムの豊かな世界に浸かってみるのはいかがでしょうか。
必ずお気に入りの一作に出会えるはずです。

おすすめの本


西洋近代美術の主要な流れやそれぞれの関係性、主な作家について、読み物感覚で知識を仕入れたい方におすすめです。
キュビスムについて記載があるのは下巻になります。
本記事でも少し参考に使わせていただきました。

高階秀爾 著「西洋近代美術(下)」中公新書


展覧会情報

パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展
ー美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ
会期:2023年10月3日〜2024年1月28日
開館時間:9:30〜17:30 (毎週金・土曜日は20:00まで)
休館日:月曜日
会場:国立西洋美術館
アクセス:⚫︎JR上野駅下車 (公園口)徒歩1分
     ⚫︎京成電鉄京成上野駅下車徒歩7分
     ⚫︎東京メトロ銀座線・日比谷線下車徒歩8分

                            (文=隅田梨奈)


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