Qu'est Ce Qu'il Est Beau! -Works of Cornelius 002-
Flipper's Guitarが所属していたレコード会社ポリスターは、解散後、ライブツアー中止等により生じた損失の補填を試みる。このようなときに最も効果的なのは、ベストアルバムの販売だろう。既存の音源を再編集することで制作費を抑えつつ、アルバム未収録曲やレアテイクなども含めることで、これから聴いてみたい人からコアなファンまで幅広い層に売ることができ、利益を得やすいためだ。
かくして、1991年12月21日にFlipper's Guitarのベストアルバム『colour me pop』、1992年4月1日にライブアルバム『on PLEASURE BENT』がリリースされた。これらはメンバーの意思とは無関係に発売されたものだが、2枚のパッケージに意味ありげに印刷された"架空のレーベル"の名前が、やがてその後の小山田の活動へとつながっていくことになる。
Mike Alway
これらのアルバムに関して、選曲・ジャケットデザイン・レーベル名などの監修を担当したのが、マイク・オールウェイという人物である。
オールウェイは80年代からいくつかのUKインディレーベルで活躍したA&Rマンで、アーティストの発掘・育成や、コンピレーションアルバムの選曲・アートワークを含む監修等に携わっていた。中でもCherry Redレーベルの『Pillows & Prayers』、élレーベルの『London Pavilion』は、ネオアコファンの間で屈指のコンピレーションとして名高く、小山田は音楽面でもコンセプト面でも大きな影響を受けたという。
1990年夏、小山田はロンドン旅行中にオールウェイと初めて面会する機会を得た。そこでFlipper's Guitarが監修する予定のコンピレーションアルバムの企画について相談し、オールウェイの紹介によってイギリスからの参加アーティストを固めることができた。そうして出来上がったのが、前記事でも触れた『Fab Gear』である。
Flipper's Guitarには、以後もオールウェイらと連携しながら、イギリスやフランスで作品を発表していく計画があったらしい。解散によって結局それは頓挫したわけだが、ポリスターとオールウェイの関係はその後も続いた。解散直前にCherry Redレーベルと何らかの契約が交わされていたようなので、少なくともそれに基づく仕事は継続する必要があったのかもしれない。
このためか、以後のリリースには、当初の予定とはおそらく形を変えながらも、海外進出計画の名残らしきものがみられる。たとえばオールウェイが手がけたRichmondレーベルのコンピレーション『amen -last sunshine deserts of él records-』(1992年)には、解散前のFlipper's Guitarの楽曲が収録されている。
Trattoriaレーベルの誕生
同じくオールウェイが関与した『colour me pop』『on PLEASURE BENT』も、もしかしたらそうした名残の一部ともいえるかもしれない。
これら2作は、オールウェイの考案により、レーベル「Trattoria」のラインナップであるという設定がなされた。イタリア語で"カジュアルなレストラン"というような意味を持つその名にちなんで、Menu 1・Menu 2というカタログ番号がそれぞれに割り振られている。この時点ではおそらく、Trattoriaという新レーベルを実際に立ち上げたというよりも、この2枚を特別なものにするための"演出"の意味合いが大きかったと思われる。
この間、小山田はこれらのリリースには一切関わっていなかった。小沢は当時まだ東大に通っていたが、小山田には特にすることがなく、TVゲーム三昧の生活を送っていたと自ら語っている。
そんな小山田のもとへオールウェイから手紙が届いたのは、解散から約5か月後の1992年2月のこととされる。そこには、élレーベルを終えて新しいことを始めるために日本でも協力して欲しい、といった依頼とともに、古今東西のサッカーの応援歌を集めたカセットテープが同封されていた。
テープの内容を気に入った小山田は、ポリスターのスタッフにかけ合い、これを日本でリリースするための手段について相談したという。その結果、先の予定がないままだったTrattoriaの名前を継承して、改めて実際のレーベルとして運営を開始し、オールウェイとも連携しながら、élのようにさまざまな作品を世に送り出していく、という方針が定まった。以後、小山田はプロデューサーの一人としてTrattoriaレーベルに参画していくことになる。
Bend It!
こうして"Trattoria Menu 3"としてリリースされたのが、コンピレーションアルバム『Bend It! -Fab Gear Ⅱ-』である。
イギリス本国では『Bend It! 91』として先に発売されていたものとなる。オールウェイから手紙とともに小山田へ送られたのは、これのカセットテープ版とみられる。
実は、1990年夏の面会(「Fab Gear」に関する相談)の時点で、一度オールウェイからFlipper's Guitarへこのアルバムへの参加を依頼した形跡がある。そのときは日本のサッカーチームの応援歌を作って欲しいと言われていたようなのだが、結果としてそれは実現しなかった。この頃にはもはやネオアコよりマッドチェスタームーブメントに二人の意識が向かっていたからだろうか。あるいは、解散しなければなんらかの形で関与していたのだろうか。
日本盤「Bend It!」は独自仕様で、Bridgeとカヒミ・カリィの新曲が追加されている。小山田はその両曲のプロデュースを担当した。折しもちょうど日本のプロサッカーリーグが設立された頃であり、帯には「祝!J.リーグ発足」と書かれていた。
Qu'est Ce Qu'il Est Beau!
このうちカヒミの「Qu'est Ce Qu'il Est Beau! (Mon Football Jazz)」(邦題:恋のフットボール・ジャズ)は、小山田がプロデュースだけでなく作曲も担当した作品である。
『Bend It!』のブックレットには歌詞やクレジットの詳細な記載がないため、具体的な演奏者等は不明だが、一聴して前作のインディーズ作品よりも豪華な演奏だと感じる。スウィング・ジャズを基調としたドラムとベースに乗って、おそらく小山田によるアコースティック・ギターが軽快なカッティングでリズムを刻む。その上で、全編を通して目立つのはゴージャスなブラス・セクションとハモンド・オルガンであり、この編成からはのちのCornelius初期作品とも通ずる印象を受ける。同じTrattoria / ポリスターからのリリースでもあり、共通のスタジオミュージシャンたちが参加したものだろうか。
さらにボンゴと思しきパーカッションのリズムが彩りを添え、全体的にラテンの風味が漂っている。サッカーといえばブラジル、という連想かもしれない……というのは考えすぎか、あるいは安直すぎか。ともかく、この点でも初期Corneliusにつながっているといえる。
マイナー・ブルース調のパートで歌われるメロディーは、マリリン・モンロー主演のミュージカル映画「恋をしましょう」(原題:Let's Make Love)のサントラから、「My Heart Belongs to Daddy」イントロの男性スキャットを引用している。ハリウッドやブロードウェイから持ってくるというのは少々意外だった。(この他に、ラテン風のブラスのキメやリフの部分も何かを参照してそうな気がするのだが、みつけられず。。)
「Qu'est Ce Qu'il Est Beau!」は、のちのCorneliusとつながる作風を示した重要な作品であり、マイク・オールウェイも「とてもスマートで軽快なメロディーが魅力」と解説で評した、洒落た一曲である。
配信はされていないが、『Bend It!』の他にコンピレーションアルバム『Prego! '93』(Trattoria Menu 20)にも収録されており、入手は難しくないだろう。
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