The Exotic Christmas -Works of Cornelius 004-
『Jazz Jersey』の発売から1992年の暮れにかけては、あまり表立ってはいないものの、小山田の関与した音源のリリースが続いた。制作のタイミングはさまざまだろうが、unoのCM撮影の頃には複数の動きが始まっていたのだろう。
まず『Jazz Jersey』と同じ1992年11月26日には、Bridgeの3曲入りマキシ・シングル『Windy Afternoon』(Menu 8)が発売された。小山田はプロデューサーとしてクレジットされている。ちなみに、以後も小山田はBridgeの初期Trattoria作品のプロデュースを続けるが、いずれも楽曲提供はしていない。
つづいて、『Trattoria Course Volume One -Winter Edition-』(Menu 9)が1992年12月10日にリリースされた。92年のTrattoriaを締めくくる、クリスマス特別企画である。
Trattoria Course Volume One -Winter Edition-
Trattoria(=定食屋)のメニューの中でも"コース"ということで、中身はVHSビデオとCDを組み合わせたボックスセットである。CDのジャケットに"Desert CD1"という表記があるので、コースのメインディッシュはビデオで、CDはデザートという位置付けのようだ。
ちなみに「Volume One」「Winter Edition」と銘打ってはいるが、"Trattoria Course"のタイトルでリリースされたのはこの作品のみ。この時点では季節ごとのシリーズとして続けることも考えていたのだろうか。
ビデオには3曲、CDには11曲が収録されており、それぞれ重複している曲はない。参加アーティストの基本はマイク・オールウェイ監修によるél〜Exoticaレーベルの面々。吉田仁がプロデュースに関わるVenus Peterと、トシ矢嶋のプロデュースによるMarden Hillの楽曲は、CDのボーナス・トラックの扱いである。
この中で、小山田はビデオの1曲目「The Exotic Christmas」を担当した。本作の実質的なタイトル・チューンである。
ここで紹介していく作品の中で、この曲は今から入手するのがかなり難しいほうだと思われる。CDだけ売っているのを見かけることはわりとあるのだが、CDには同曲は含まれていないので注意が必要だ。
ビデオを手に入れることができたとしても、VHSの再生機器など一般の家庭にはほぼ残っていないのではないか。だとするとなおさら、今となっては視聴のハードルが高いだろう。
TrattoriaのサンプルCD『Trattoria Sampler Vol.2』にも音源が収録されているのだが、一般流通したものではないだけに、こちらも見かけない(ぼくは未所有……)。
配信は当然されていないし、動画サイト等でもみつけることはできなかった。小山田自身もこの曲は「一番幻」と後年に振り返っている。
この曲の存在を知ってから実際に聴けるまで、やや出遅れたぼくには時間がかかった。その間に、タイトルの印象から勝手にイメージが膨らんでしまっていて、ようやく聴いてみたら想像と全然違う音に驚かされた記憶がある。
Corneliusの作品の魅力において、「驚き」は最大の要素のひとつだと思う。全体的なコンセプトや方向性の面でも、一曲の中の展開においても、聴き手が初めて体験するような仕掛けがある。そしてそれらの仕掛けは、何をしたら格好いいかというよりも、何をしたら面白いか、という判断に基づいて組み立てられているような気がする。
そうして作られた作品が、結果的に格好いいもの・洒落たものとして聴き手に届いている。圧倒的なセンスとサービス精神がそれを実現させているのだと思う。
では、そろそろ曲の内容に触れていく。ちょっともったいぶった書き方をしているのは、人によっては以下の紹介がネタバレみたいになるかもしれないと思ったからだ。新鮮な驚きを求めている方はご注意を。
The Exotic Christmas
エキゾチックという言葉の一般的な用法は「異国情緒のある〜」という形容詞だろう。欧米の文化と対比して、たとえばインド風とかアジアンテイストとかの雰囲気を表すのにしっくりくる言葉だと思う。
「The Exotic Christmas」というタイトルから思い浮かべたのは、そうしたアジアの民族楽器や曲調を取り入れつつ、クリスマスソングらしいハッピーな、あるいは厳かなムードをもった楽曲だった。ビデオ作品ということもあり、そうした地域で祝われるクリスマスの風景まで連想していた。
……開示してしまったが、こういう発想が最初に浮かぶぼくは、つくづくセンスがないんだなと思う。。
exoticには「奇妙な」という訳もあるという。そういえばFlipper's Guitar「Exotic Lollipop」の邦題は「奇妙なロリポップ」なのだった。
実際の「The Exotic Christmas」は、こんな凡人の予想をはるかに超えて、なんとスパイ映画サントラ風のマイナー調サーフ・サウンドなのである。クリスマスソングからは最も遠いのではないかとさえ思えるジャンルだ。
疾走感のある4分の3拍子のリズムにのせて、繰り返されるミュート奏法のギター・リフはThe VenturesやThe Astronautsを彷彿とさせる音色である。そこへ生のブラス・セクションが高らかに加わって、ノワール的な雰囲気をより高めている。
一方、テーマのメロディーを奏でるストリングスは生楽器ではなく、シンセサイザーである。これによりチープな手触りが加わり、好ましきB級感をさらに演出している。なお、モノクロの映像に合わせてか、音声はステレオではなくモノラルである。
参照元のひとつは、TVドラマ「I SPY」のテーマ曲である。この曲を聴けばだいたいの雰囲気はわかってしまうだろう。
では一切クリスマスらしさを排除しているかというと、そういうわけでもない。テーマとテーマの間をつなぐブリッジのパートでは、わずかながらクリスマスソングの特徴も感じられる。たとえばギターによるメロディーは硬質な音色で、鐘の音のようにも聞こえるし、スレイベルのリズムもトナカイを思わせる。
クリスマスと題しながら、ほとんどクリスマスを感じないような楽曲を敢えて作る、ひねくれたセンスが素敵だ。
ただし、この頃の小山田の関心が、スパイもの周辺に向かいがちだったのも確かだろう。なにしろここまで4記事のうち、実に3作品でスパイものが登場しているという高頻度である。
あるいは、映像のコンセプトのほうが先にあって、そこへ曲を合わせた可能性もある。というのも、本作のMVの内容も、チープなスパイ・ムービー仕立てになっているからだ。
Music Video
映像を担当したのはトニー・ポッツという人物で、おそらくバンドThe Monochrome Setのかつてのメンバーである。バンド在籍時はライブの照明や、ステージに投影する映像の制作を担当していたという。The Monochrome SetはRough Tradeレーベル〜マイク・オールウェイの人脈で、『Fab Gear』にも参加していた。
クレジットを読むと、ポッツによる映像が先にあって、それを東京で編集したようにも解釈できる。資料がないため全くの憶測だが、最初の映像のイメージからサウンドトラックを作り、その曲に合わせて映像を編集し直すことで完成させたのかもしれない。
映像の内容としては、サンタクロースの扮装をして料理をする男の姿と、夜中に目を覚まして家の中をこっそり彷徨う少女と、その家で開かれている仮面パーティーの様子が描かれる。正しく説明できているか自信がないが、クリスマス・イブの夜に、少女がスパイに扮してサンタの正体を探ろうとする——というようなストーリーだろうか。
"Desert CD1"のブックレットの写真は、この「The Exotic Christmas」のMVに基づいている。
数少ない"Keigo Oyamada"名義の作品。現状ではレア曲になってしまっているが、いずれアーカイブとして多くの人が聴けるといいなと思う。権利関係の壁もあり得るが……Trattoria 30周年はいいチャンスかも?