見出し画像

有料か無料か

以下は、とあるところに書いた文章ですが、こちらでも少し紹介しておこうと思っています。

音楽の現場でもよく問題になる「有料か無料か」ということをめぐって、私自身の感じるところを綴ったものです。

---------

有料か無料かという話は、サービスを提供する側もサービスを受け取る側も、ときにいろいろな思いが交錯するように思います。


演奏ということについては、昔はなかったですが、今は YouTube といった無料でも利用できる動画プラットフォームが存在しますね。もちろん、 YouTube がもたらした恩恵は大きいと思います。今は、往年の巨匠の音源に、検索一つで簡単にアクセスできてしまうのですから。同じ曲の複数の演奏を比較するのも、今では容易になりました。


また、誰しもが、発信者になれるようになったことも、このサービスのもつ大きな特色だと感じます。最近では、コンクール用の映像提出ツールとして使われていたりすることも。本当に便利なツールだと思います。


ただ、一方で「往年の巨匠の音源にも無料でアクセスできるのに」という論理が通りやすくなったきらいはあるかもしれません。私は、先般、有料配信コンサートの制作・企画をいたしましたので、有料のハードルがどれだけ高いか、ということは、身をもって体験したところでもあります。


実感としては、例えば100人に周知したとして、「いいね!」と興味を示す人は10人、そして本当にお金を払う人は1人だな、ということですね。それだけ、有料サービスのハードルは高いと言えます。


特に、音楽は、時と場所が一定程度拘束されることが前提になっている芸術ですから、その時その場所を拘束されたとして仮に満足できないとしたら目も当てられない、というリスクを避けようと、お金を払うことに慎重になってしまうのかもしれません。かつ、予測がつかない状況に足を運ぶことに対しては、誰しも相当程度の抵抗があったりします。先般行われたバレンボイムの演奏会も、「バレンボイムならきっと巨匠の芸を見せてくれるだろう」という期待感があるから、あれだけの集客ができるのだろうと思います。


そこへ行くと、無料というのは「つまみ食い」感覚を許すところがあります。特に、 YouTube 動画などは、気に入らなければ即座に停止が可能、でも無料だからそこは気楽。


私どものスタジオでも、無料の内見会なら人は集まりますが、正規のサービスとなると、本当に欲しい人しか申し込んで来ないですものね。でも、私どものスタジオ、設備投資も維持も半端なものではないですし、いただいた金額以上のものをお返しできるように、いつだって最大限の努力を払っています。これは、演奏家だって同じこと。長い年月をかけて鍛錬し、毎日血の滲むような努力をして演奏技術の維持向上につとめているわけです。そして、聴いていただける方には、全身全霊でお返しする。


いえることは「つまみ食い」では、本当の意味で美味しいものを心ゆくまでは味わえないでしょうし、セミナーでも何でも、「無料」ではやはり身につかないことの方が多いと思います。お金を支払うという一種の犠牲(という言い方はあまり好きではありませんが)が伴うと、人間その分真剣になるものではないでしょうか。


事実、先般の有料配信コンサートのとき、おそらくご視聴いただいた方の多くが、期間内に何度も何度も繰り返し再生し、味わい尽くして下さったように思います。払った分は元を取りたいというところなのかもしれませんが、サービスを提供した側としては、何度もお楽しみいただけたのであれば、これに勝るものはないと感じました。


最後に、無料サービスについて少しだけ。実は、興味を持っていただくツールとしては有効だと思います。上述のように、人間予測がつかない状況に踏み入れるのは基本躊躇する存在ですから。いわば映画の予告動画のようなもの。YouTube の使い方も、そういう使い方だといいのかもしれません。もっとも、そこで興味を持って次に実際にお金を払うという行動を起こす人は、その中のごく一部であることは言うまでもありません。

いいなと思ったら応援しよう!