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【短編小説】涙はアルカリ
桃花はほんとによく泣く女だった。
二人で映画を見ると隣で泣くので
どうしていいか分からずに困った。
「涙はアルカリなのよ」と桃花が言った。
「ほんとかよ」と俺は返した。
「涙もろい私はアルカリかも」と笑う。
「それは言えてるかもな」
桃花と俺は似た者どうしなのかもしれない。
つきあっているけど二人とも好きなのを
ストレートに言葉にするのが苦手なのだ。
「健太は私のどこが好きなの」と桃花が聞いた。
「顔がタイプ」と俺は即答した。
「顔のほかにはないの」とさらに聞いたが
「桃花は俺のどこがいいの」と質問で返した。
「酸性みたいところかな」桃花は笑いながら言う。
「はー、意味わかんねー」
「私はアルカリだから、健太といると
なんか中和されていい感じになるんだ」
「どんな、たとえだよ、化学反応なのか」
*
大学生の二人はつき合ってしばらくすると
一緒に暮らすようになった。
桃花は週末になるたびに泣いていた。
桃花には「涙タイム」というのがあって
泣くための音楽、アニメ、映画があるようだった。
週末になると泣ける作品を見て思い切り泣くのである。
隣にいて桃花が同じ作品を見て何度も泣くので
これって泣くために見てるのと聞いたことがある。
桃花は男の人は何も分かってないと不満そうにした。
「泣くと気持ちいいの、スッキリするんだよ。
失恋ソングや悲しい物語が流行るのはそのせい」
「まじかよ、俺なんか、いつ泣いたか思い出せねーな」
「男の人は泣かないよね。一人で泣いたこともないの」
「うーん、泣くほど悲しいことってねーな」
*
冬の寒い夜、バイトから戻ると、桃花が部屋で泣いていた。
両手で目を押さえて肩を震わせていた。
涙があふれて止まらないようだった。
「どうしたんだよ」と俺は聞いた。
「……」何も答えない。
「なにかあったの」
「……」
泣き止むだろうと思いながら、俺は桃花のそばにいた。
けれど、桃花はいつまでたっても、泣き止まなかった。
俺は桃花をベットに連れていき、そのまま寝かせつけた。
寝ているの桃花の手を握り、涙に濡れた寝顔を見つめていた。
翌朝、目を覚ました桃花は俺に向かって
「昨日はありがとうね」と言った。
「何もしてないよ」と俺が言うと
「ずっと手を握っていたでしょ」
「ああ、気づいていたの」
「あれで気持ちが落ち着いた」
そのあと、いつも通り、二人で朝食を取った。
トーストと目玉焼きとコーヒーの軽食。
コーヒーをゆっくり飲みながら
「昨日は驚いた」と桃花が言った。
「ああ、あんな桃花は初めてだから」と俺は言う。
「違うの、驚いたのは私」
「どういうことだよ」
「健太が泣いてるのを初めて見たから」と笑った。
(おわり)