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「PCR検査拡大」というデマの流通-エコーチェンバーからインフォデミックへ

新型コロナウイルス感染症も2類から5類に変更されることになり,PCR検査の問題であれほど紛糾したことはすでに過去のことになったようにみえます.しかしあれほど医療専門家以外の一般の医学リテラシーの欠如を端的に示したできごとはありませんでした.

PCR全員検査をめざし滅茶苦茶の数の検査をおこなった中国でも,ほんとうの感染症専門家のあいだでは,最初から全員PCRにたいしては懐疑的でした.医療に従事しているものからみれば,コロナ罹患の事前確率を無視した全員検査など医学的にはナンセンスだからです.

たとえば以下のニュースは一年前のものですが,中国の衛生当局がやみくもなPCR検査の拡大はおこなうべきでないと警告したというものです.しかし中国では政治の中心は共産党であり,医学の素人でしかありません.だから素人考えで検査をすればするほどいいと考えて,政策決定しただろうことは想像に難くありません.

診断学では事前確率を無視した全員検査はナンセンスですが,公衆衛生的に考えても問題は多すぎます.なぜならば,全員PCRと強制隔離は不可分であり,それによるゼロコロナ政策はデメリットがメリットをはるかにうわまわっているからです.全員PCRは非人道的なやりかたといえます.

今回ひどかったのは医師(MD)ではなく,PhDといわれる非医師の研究者を自称する一部のひとたちでした.PCR検査は自家薬籠中のものということで,特殊な理論を組み立ててPCR検査の拡大をさけび,さらに医師の診療を非難しました.ほとんどはインターネット上で匿名で活動しているところをみると,現実の研究生活や日常に挫折感をもっていて,その反動で過激化していたと思います.

医療のなかでは,ウイルスが見つからなくても感染症に罹患している場合も,ウイルスが同定されても感染症に罹患していない場合もいくらでも存在しています.PCR陽性や陰性がそのまま確定診断になるわけではない.医師の臨床判断によって決まってきて,PCRはそのなかの有力情報のひとつというにすぎません.

ネットにおける「エコーチェンバー」といわれる現象が知られています.全世界に開かれているはずのサイバースペースのあちこちに閉鎖空間が生まれ,その内部で共鳴室のように特定傾向のかたよった意見や情報のみが響きわたることで,ひとびとの分極化が進むという厄介な現象です.PCR検査の拡大をさけんだあの現象もここから生まれました.

さらにはこういったまちがった意見や誤情報が,あるときエコーチェンバーをこえて広がっていきました.とりわけコロナについての情報は,ひとびとが知ろうという欲求が非常に強かったためあっというまに広がっていき,マスコミにも大きな影響を与えました.すなわち「インフォデミック」と呼ばれる状況でした.

エコーチェンバーからインフォデミックという状況は,現代において深刻な問題となっています.「PCR検査拡大」のほかに「反ワクチン」「反マスク」といったほとんどデマといっていい言説も,最初は閉ざされたグループによるエコーチェンバーからはじまりました.こういった無責任なデマは,今回の場合は人命にかかわることであっただけに,大いなる反省が求められています.

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