室月 淳

産科医.胎児治療,出生前診断,超音波診断,臨床遺伝学が専門です.仙台在住.著書「出生前診断の現場から」,「出生前診断と選択的中絶のケア」. 妊娠出産の一般的なこと,出生前診断や胎児治療について,遺伝子医療について,それから福島の県民健康調査についてなどを書いていきます.

室月 淳

産科医.胎児治療,出生前診断,超音波診断,臨床遺伝学が専門です.仙台在住.著書「出生前診断の現場から」,「出生前診断と選択的中絶のケア」. 妊娠出産の一般的なこと,出生前診断や胎児治療について,遺伝子医療について,それから福島の県民健康調査についてなどを書いていきます.

最近の記事

第53回「県民健康調査」検討委員会発言要旨

今回の検討委員会の主要な議題が,来年度からはじまる7巡目の甲状腺検査について承認を求めることでしたら,わたしははっきりここで反対いたします. 来年度から予定されている第7巡目調査も,従来の学校検査を継続しようとしています.学校での甲状腺検査は、アンケート調査でも分かったように、こどもや保護者に対して法律によっておこなわれている学校検診と同じように,検査の参加が義務あるいは半強制ととらえがちです.以前に質問したときは,学校でおこなうと便利だから学校検査をつづけるといったご返事

    • 「ハルステッド手術」と「リトドリン長期持続投与」

      近藤誠氏は,2022年8月13日に出勤途中で体調不良を訴え,搬送先の東京都渋谷区の病院で亡くなりました.73歳でした.生前は多くの医学的論争をひきおこし,毀誉褒貶も多かったかたでしたが,わたしはおおいに評価されるべきだと考えています. 最近事情があって,近藤誠編著「がんと闘うな論争集」(1997)を再読しました.新型コロナにたいする反ワクチンなど,最晩年こそ言っていることの大半がトンデモになってしまった近藤誠氏ですが,このころは今日の眼からみてなかなか首肯することが多かった

      • 医学の不確実性とコロナパンデミック

        「医学の不確実性」という概念は,高橋晄正氏あたりが最初に著書でとりあげ,中川米造氏もさまざまな論じていました.医療崩壊の危機がせまった2007年ごろには,小松秀樹氏が「医療の限界」を著して,「リスクのない治療はない」と結論づけて,すべてを医療側の責任とする社会とメディアに警鐘をならしたことは記憶にあたらしいでしょう. 「医学の不確実性」というのはなにも医療側の責任逃れではなく,医学のなかに構造的に組みこまれているものです.医学は純粋科学ではなく人間を相手とする営みであり,不

        • 貧乏の鉄鍋の底を舐めるような

          石川節子。いわずと知れた石川啄木の妻です。14歳で啄木一(はじめ)と結ばれ、20歳で結婚します。貧乏の鉄鍋の底を舐めるような、と評された、経済観念のまったくない啄木との苦労つづきの生活でしたが、それでも啄木の才能を最後まで信じ、手紙に書いたとおりの「愛の永遠を信じたく候」を貫きとおしました。 そんな節子でも、生涯で一度だけほかの男性と交情をかわした形跡があります。啄木に半分捨てられたかっこうで、函館に1年3か月ほど、娘とともに宮崎郁雨の庇護のもとに暮らしました。このとき独身

          「ものみの塔」ないしは「エホバの証人」のこと

          1931年の満州事変から1945年のポツダム宣言受諾までの15年戦争下の日本で,戦争を推進した軍部や官憲の強大な権力にたいし,良心的兵役拒否をふくむさまざまな抵抗をしめしたひとたちがいたことはあまり知られていません. 灯台社とよばれたキリスト者集団もそのひとつです.きわめて苛酷な軍律の統制下にある戦前の日本軍のなかで,そのような兵役拒否をするにはどれほど勇気がいったかはかりしれません.この特筆すべき抵抗の実践を生んだ灯台社はキリスト者の集団でしたが,キリスト教諸派のなかでは

          「ものみの塔」ないしは「エホバの証人」のこと

          あの暑かった日

          三沢高校対松山商業の決勝戦は,1969年の,いま調べてみたら8月19日でした.太田幸司が18回をひとりで投げ切って,0対0の引き分けとなった有名な試合です. わたしは小学校低学年で,そのころは毎日のように近所の公園にこどもたちが集まって,三角ベースに毛がはえたような野球をしていました.その日もラジオを大音量でかけて試合経過を追いながら,自分たちも野球を楽しんでいました. 暑い日でした.当時は一関に住んでいたのですが,その日は最高気温が31度になったことをしっかりと覚えてい

          あの暑かった日

          3.11のあとに詩を書くということ

          アドルノの「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である」ということばは有名ですが、しかし「否定弁証法」の別のところでは次のようにも語っています。 「永遠につづく苦悩は、拷問にあっている者が泣き叫ぶ権利を持っているのと同じ程度には自己を主張する権利を持っている。その点では、「アウシュビッツのあとではもはや詩は書けない」というのは誤りかもしれない」と。 まったく同じ意味において、東日本大震災と福島原発事故のあとに、生きつづけていくことが可能なのでしょうか。たまたま助かったが

          3.11のあとに詩を書くということ

          東日本大震災の(とくに空腹の)思い出

          過去の文章をみつけたので,それを参考に書いているのですが,生活面でいえば食糧の確保に苦労したことがいちばんの思い出です.津波の被災地最前線のかたがたはほんとうにたいへんだったと思いますが,支援がはじまると優先的に食料などが搬入されて行きました.ところがその後方である仙台などでは,物流が完全停止したために,食糧をはじめとした日用品がまったくはいってこなくなりました. 震災後1か月くらいはスーパーは大行列で,コンビニなどは完全閉鎖でした.そんなとき地元の顔見知りのお店にはずいぶ

          東日本大震災の(とくに空腹の)思い出

          長田弘の詩ーこの13年間でわたしの心にとどいたわずかないくつかのことば

          3・11以降,おびただしい数のことばが生みだされました.あのときなにがおきたのか,なにをしたのか,原因はなんだったのか,これからなにをすべきなのか,などが語られてきました.そのことばのおおくは必要なことであったし,また実際に,おおくの真実もふくんでいたのだと思います. しかし同時につぎのような疑問もわいてきます.実際のところ,これらのことばは,われわれがあの3・11に経験したことすべてに匹敵するような重みをもっていたのでしょうか? われわれが経験したことすべてをくみつくすよ

          長田弘の詩ーこの13年間でわたしの心にとどいたわずかないくつかのことば

          「さんさ踊り」の話

          今年の盛岡さんさ踊りは8月1~4日まであったようです.いまはとても有名で多くの観光客を呼ぶようになりましたが,18歳まで盛岡にいたわたしは,実はさんさ踊りなどまったく知りませんでした. 当時,仙台七夕,秋田竿灯,青森ねぶたが東北三大祭りとして有名で全国から観光客がきましたが,みんな盛岡は素通りしていくわけです.地元商工会とか青年会議所などがくやしがって,なんとか目玉となるイベントをとやっきになっていろいろ企画しましたが,すべて空振りに終わっていました. その後某広告代理店

          「さんさ踊り」の話

          NIPTは「認証」施設と非「認証」施設のどちらがいいか?

          NIPTを受けるのに「認証」施設と「非認証」施設のどちらがいいかを聞かれました.両者にはいくつかのちがいがあります.検査対象が13トリソミー,18トリソミー,21トリソミーの3つの疾患だけか,それともそれ以外の染色体の「数の異常」や「構造の異常」もふくむかはたしかに大きなちがいのひとつです. しかしそれより重要なのは,きちんとした専門家(遺伝専門医や遺伝カウンセラーなど)による相談(カウンセリング)の体制が整っているかにあります.認証施設のNIPTで調べる3つのトリソミーは

          NIPTは「認証」施設と非「認証」施設のどちらがいいか?

          世界最大のショービジネス

          パリ五輪の開会式の演出が賛否両論を呼んでいます.選手の入場行進をなくしたり,宗教や革命へのタブーなき批判など一見目をひく演出がありましたが,わたしは国際市場への「サービス過剰」が気になりました.セリーヌ・ディオンにレディーガガというのは,単純に北米のゴールデンタイムの視聴率をねらったものにすぎません. とにかく外人が喜ぶような企画を並べた観光客向けのメニューであり,商業的に成功すればそれでオーケーという姿勢で徹底していました.フランス的に真剣にやろうという気がもともとなかっ

          世界最大のショービジネス

          苦しんでいるひとへの援助

          わたしが医者になったばかりのころは、がん告知はまだ一般的でなく、最後まで病名をかくして看取りました。痛みや呼吸苦で苦しみながらみな死んでいきました。オーベンは手術大好きでしたが、末期患者にはあまり近づきたがらず、そういったひとの話を聞きケアするのはもっぱら研修医のわたしの役でした。 苦しんでいるひとへの援助の第一歩は、とにかくそばにいてあげることです。しかしこれがとてもつらい。痛みをとりのぞいたり呼吸を楽にさせる専門的な訓練も受けていませんし、そもそも病名をかくしながら接し

          苦しんでいるひとへの援助

          スピリチュアルな苦しみについて

          ホスピスの理念について書かれている本を読んでいたら、「スピリチュアルな苦しみ」とは「自己の存在と意味の消滅からくる苦しみ」と定義されているのにであって、非常にわたしにも腑に落ちる思いでした。「自己の存在と意味の消滅」とは自分の死そのもののことですね。 その苦しみから発せられる投げかけは、「なぜわたしが」という答えのない問いかけです。これはまさに「ヨブ記」の主題そのものです。旧約聖書のひとつである「ヨブ記」はおそろしい書で、神はヨブに次々と試練を与えて苦しめますが、その苦しみ

          スピリチュアルな苦しみについて

          コロナパンデミック初期に書いた文章

          以下の文章はコロナパンデミックがはじまった初期の2020年4月29日に,X(当時ツイッター)に書いた文章です.いま振りかえってみて,コロナのときに恥ずかしくない行動をとれたかどうか.覚書としてここに残しておきます. ------------------------------------------------------------------------------------- なぜか最近はリプが荒れ気味ですが,以下の文章は周産期のなかまたち限定へのメッセージです.1

          コロナパンデミック初期に書いた文章

          妊娠糖尿病にみる医療の際限ない拡大

          2010年に妊娠糖尿病のあたらしい診断基準がでて,すでに14年たちます.75gの糖負荷試験で空腹時血糖92以上,1時間値180以上,2時間値153以上のいずれか1点以上というきびしい基準のため,妊娠糖尿病がそれまでの3-4倍以上に増え,全妊婦の10パーセントが妊娠糖尿病と診断されるようになっています. このあたらしい基準値をわたしなんぞは年のためかさっぱり覚えられず,そのつど教えてもらいます.というか心のどこかでバカバカしいと思っているからでしょうか.国際共同研究の結果によ

          妊娠糖尿病にみる医療の際限ない拡大