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賃貸物件はロングセラーを目指せ

たとえば、新築やリノベーションによって賃貸物件を作るとします。

デザインを建築家に、賃貸の客付を不動産業者に依頼した場合、施主=事業主である大家さんと合わせると三者によるプロジェクトということになります。

この三者が力を合わせて作るプロジェクト、同じゴールを目指して走っているかと思いきや、実は三者三様の視点で、各々のゴールを目指してしまうこともあるので注意が必要です。


誤解なきように最初に僕のスタンスを述べさせていただくと、建築の持つ力を何度も目にしていますし、建築家の役割について、もちろん肯定派です。

また僕自身は長らく仲介を生業にしているので、新築やリノベーションの投資にリスクを負う大家さんのために、しっかりと結果につなげる提案をしたい不動産業者の気持ちがよく分かります。

同時に大家でもある僕は、専門知識を持つプロである建築家や不動産業者にフィーを支払う以上、彼らを信頼し、プロジェクトの成功を託したくなる気持ちももちろん分かります。


それら諸々を分かったうえで、でもプロジェクトの責任を最終的に負うのは大家さんであるという厳しい事実を忘れないために、この記事を書いてみます。


三者三様の視点

大家から過去に手がけた「作品」を評価され設計の依頼を受けた建築家は、与えられた設計与件の中で、期待以上の提案ができるようベストを尽くします。

建築家によっては個人邸、集合住宅、別荘、商業建築などを幅広く手掛けていますが、大家はそれら個別の立地や予算などの設計与件を理解しないままポートフォリオを眺め、なんとなくこの人の作風が好き、という理由で依頼してしまうことがあります。

建築家は大家の事業の成功を願う一方で、建築専門誌に掲載され自身の新たなポートフォリオになるような、「斬新な作品」を作ることにモチベーションを持ってしまうことがあります。


大家から早期の客付を期待される不動産業者には、早く決まりすぎれば賃料が安すぎた、決まりが悪ければ賃料査定が間違っていたんじゃないか?と責められるかもしれないというプレッシャーがかかります。

周辺相場やそのエリアで人気の間取りや需給バランスを調査し、毎年発表される人気の設備ランキングを眺めながら、できるだけ多くの人に無難に受け入れられる、相場どおりの物件を作ることに注力してしまいがちです。


こだわりがあり、おもてなし精神の強い大家さんが「自分ならこんな物件に住みたい!」とこだわって作った物件も、自分自身の性別や年齢、考え方に基づいた「自分だったら」視点から物事を眺めてしまった結果、ターゲットを不本意に絞りすぎてしまうことがあります。

鏡や洗面台、水栓にはこだわったのに、メイクをする女性の視点がないため洗面に照明をつけ忘れる男性の大家さんや、女性目線で選ばれた建材に抵抗を感じる男性がいるという視点が抜け、かわいすぎる空間を作ってしまう女性の大家さん。

また入居者に喜んでもらい、長く住んでもらうためのテナントリテンションとはいえ、入居者からすればちょっとトゥーマッチなコミュニケーションをとってしまう大家さんも。


こうして、建築家は「作品」を、不動産業者は「決まりやすい物件」を、大家は「自分が住みたい物件」を目指した結果、

「パッと見は魅力的だけど、収納スペースがなくて使いづらそう」
「無難だけど、決め手にかける」
「人気のスペックは網羅されているけど、肝心の居室が狭い」
「大家さんとの距離が近すぎる。もっと気楽に暮らしたい」

など、実際にそこで暮らす入居者という第四の視点から見ると、あまり住みたいと思える賃貸住宅にならないことがあります。


抜けてしまいがちな三つの視点

・建築家が最先端のデザインを提案すること
・不動産業者がニーズを民主主義的に吸い上げて無難なものを提案すること
・大家さんが自分ならこんなところに住みたい、と思う物件を作ること


そのどれもが正解であり得る一方、どれもが不正解でもあり得るのが賃貸住宅の企画の難しいところです。

つい抜けてしまいがちな視点は、この三つです。

1)建物の寿命とローン返済はそれなりに長い一方、デザインやコンセプトの寿命はそこまで長くないこと

2)住むのは自分ではなく、いろんな年代、性別、ライフスタイルの方だということ

3)バズっても、住めるのは部屋の数の人だけだということ


デザイン、コンセプト、建物の寿命

建物の寿命は、構造や建てられた年代にもよりますが、たとえばコンクリート造の躯体の耐久性は100〜150年ほどあるとも言われます。

リノベーションや新築の費用は、すべて現金でまかなうケースもありますが、10年〜30年といった長期のローンを組むことは珍しくありません。

一方、斬新なデザインの宿命として、かならず旬ではなくなる日を迎えます。普遍的に見える価値観すら、ライフスタイルの変化により古びてしまうこともあるでしょう。


どうですか皆さん、ロハスなライフスタイルを送ってますか?
ロハスって単語、最近使った記憶ありますか?


デザイナーズ、打ちっ放し、エコ、ナチュラル、天然素材、無垢、ブルックリン、西海岸、インダストリアル、サードウェーブ、サードプレイス、シェア倉庫、シェアリビング、高断熱、二拠点居住、多拠点居住、バンライフ、タイニーハウス、DIY、テレワーク、ZOOM部屋…


建物の寿命とローンの返済期間を頭の片隅に置いたうえで、もう一方にこれらの単語を並べてみてください。なにがどれだけの期間通用するデザイン、価値観なのか判断できますか?

今話題の5G、ドローン、自動運転などの技術は、果たしてどのように僕たちのライフスタイルを変えるのでしょうか?


ちなみに偉そうなことを言っておきながら、僕にもその答えは分かりません。未来予測はとても難しく、なかなか思う通りにはなりません。


賃貸物件に住むのでは、あなたではない

大家さんが「自分だったらこんな部屋に住みたい」という理想を詰め込んだ空間には、きっと同じように住みたがる人がいるはず。

たしかにそうかもしれません。同じ理想を持つ方は、きっと世の中にはいるはずです。


ですが、数十年後もそこに存在する賃貸物件は、きっと様々な年代、性別、職業、家族構成の入居者に住み継いでもらうことでしょう。

自分自身の視点だけでなく、そうした方々の視点に立って、より立体的な検証作業をすることで、特定の人にしか快適ではない空間を作ってしまう罠から抜けられます。


バズっても、住めるのは部屋の数の人だけ

音楽でいえば、ヒット曲が生まれ、それがバズればバズるほど、アーティストに入る収益がどんどん上がっていくことはあり得ます。(ちなみにこのバズるって表現も数年後にはないんでしょうね)

ですが不動産の場合、6部屋の集合住宅に600組の入居希望者が生まれても、住めるのは6組だけで賃料収入が100倍になることはありません。


よく、ウェイティングリストができる人気物件という話がありますが、次に空室が生まれるのが2年、4年、10年後だとして、そう都合よくリストの方に入居してもらえるか?といえば、空室が何年後に出ても入居したい、という方で決まるケースは稀でしょう。

つまり、最新のトレンドに合致したイケてる物件を作って行列ができたところで、大した意味はないということです。


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賃貸物件はロングセラーを目指せ

未来は、読めない。

ですが、はるか昔に「新築」された建物が、有形文化財と呼ばれていまだに魅力を保っていることがある一方、当時はトレンディだったデザイナーズマンションが、W浅野をお手本にする女性の減少とともに不人気になってしまうこともあります。


賃貸住宅は毎日毎日、何十年にも渡って誰かに住んでもらい続けるもの。なので、ある時代のヒット商品になることを狙うべきではありません。


建築家、不動産業者、大家の三者による共同プロジェクトが新築の完賃をもって終了したあとも、大家さんのローン返済は長く長く残ります。20年後の空室を嘆くのは、大家さん、あなただけかもしれません。


賃貸住宅の企画には決めることが多く、視点がブレブレになって当然ですが、賃貸事業のリスクを負い続けることになるのは最終的には大家さんであるという事実に立ち戻るために、

「賃貸物件はロングセラー商品を目指せ!」


をキーワードに、力を合わせて企画することで、長く求められる物件が作れるかもしれません。


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