おーいさん
これは掻い摘んで当時のTwitterに書いた話だが、その垢が凍結になり自分も今は読めない。短く纏めてポストしたので今回は詳細も含めて再度書いてみようと思う
おーいさん
■
始まりは今から7~8年前の事だ。当時スマホゲーム(ボールでモンスターを捕まえるアレ)を職場の仲間とやっていた
仕事が終わるとLINEで連絡を取り合い夜の大きな公園に4、5人集まっては「あっちに〇〇がいた」「こっちに✕✕が出た」とお恥ずかしながら大の大人達がワイワイやっていたのだ
集まる大きな公園は2箇所(正確に分類すると3箇所)で当時は夜になると私達のような大人がかなりの人数集まっていた。このゲームの夜周回で色々な経験をしたがそれはまたの機会に
そうやって集めたモンスターのレアや色違い、未収集を交換出来るシステムがあって
その夜私はちょっと離れてはいるが同じ町内に住む、職場でバイトしている大学生と交換する約束をした
その夜は雨が降っていた。確か時間は22時頃で、私の家からその子の家までは車より川沿いの遊歩道を歩いて行く方が楽だった。実際はその子の家の近くにある〇〇〇公園という、遊具もない空き地のような小さな公園で落ち合った。私は徒歩10分でその子は徒歩3分程度の距離だと思う。なぜ一応女性な私が行ったのか、は私の家の近くに落ち合える場所が無かったからだった
傘を差し、街灯の無い夜の遊歩道を歩く。隣接する住宅の窓灯りや川向こうの国道沿い店舗の照明で明るくは無いが歩くには問題無かった。一応夜のウォーキングマナーでLEDの手持ちライトも下を向けて持っていた
公園は田畑の真ん中にぽつんとあり電灯もあった。遊歩道から曲がった道も公園も田んぼのおかげで丸見えの状態だ
私の方が先に着き、催促のLINEをすると慌てたように男子大学生が走ってきた
■■
それから30分程度職場の愚痴やらゲームの情報やら公園の電灯の下で話し込んで、目的の交換も済ませて「また明日」と別れた。と、
おーい
私は大学生が呼んだと思い、数m離れた子に「呼んだ?」と振り返った。その子はもう背中を向けて歩いていたので私の問い掛けに振り向いて「なにー?」と返してきた
今呼んだ?ううん。呼んでないよ?という噛み合わない会話で私の聞き間違いだなと、もう一度挨拶をして私も歩き出した
おーいおーい
また声がする。それも前方から。背中合わせに別れたのでその子が呼んでいないのは確実だ。目の前はT字路の遊歩道。突き当たりはフェンス、そして川。川向うにはアパートがあり、目を凝らしたがその灯りの下に人影は無い
ああ嫌だ。雨の夜なんて出歩くもんじゃないなぁ。と思っていると、また
おーい おーい
と声がする。男性の、それもちょっと巫山戯たような戯るような声で。確実に川から聞こえて来た
今思えばよせば良かった。そういうモノに反応してはいけないのだ。そんな事は子供の頃から散々言われて味わって、肝に銘じていたのに。けれど、その時私は誘われたのだろう
何も考えずフェンスまで歩くとさっき付け直した手持ちのライトで川を照らした
■■■
川は雨のせいで水量が増えていて、轟々と鳴りながら流れていた。その真ん中をライトで照らすと川州がある
いつもならもう少し大きな川州なのだが増水のせいで面積が小さくなっていた。それでも大きな雑木が数本と叢も見える
おーい おーい
一定の感覚で聞こえる声の主をライトで探した。先にも書いたがこういう事は気付かない振りをするべきだ。なのに、わかっているのに探してしまった
ライトの範囲は狭く、中洲全体を照らすのは無理で。私はライトをグルグルと回して中洲の全体を少しずつ確認した。ライトの先に最初に見えたのは、叢の中に立つ下半身だった。そのままライトを上に向けるとその足が男性の物だとわかる
轟々と流れる川の真ん中に雨の中立っている男性。それだけでもおかしいのに、その男性が眼鏡をかけていてニヤニヤ笑っているのが見えた
見えた。と言うのもおかしなもので、私は乱視が酷く雨の夜は特に灯りが乱反射してよく見えない。運転は必ず眼鏡使用なのだが、その顔は何故かハッキリと認識出来た
ニヤニヤと笑いながらおーいおーいと手を大きく振っている。そこまで見て漸く私の頭が正常に動いた
見てしまった。見ている事を知られてしまった。そう思うと自分のやった事を後悔しても、もう遅い
私は早足で遊歩道を曲がり、川の方向には目を向けず本当に一心不乱に家に向かう
50m程進んだ時また、まるで真横の川にいるような近さで
おーいおーい
と聞こえた。その場所に中洲は無い。なのに川の中から声が聞こえる。今度は無視してそのまま歩く。雨足が強くなって足元がビシャビシャと水溜まりに入っても気にしない。とにかくここから早く逃げなくては
段々と呼び掛ける声が小さくなる。遠くなっている事に少しの安堵を感じたその時
おーいおーい
また真横の川の中から声がする。それを繰り返すうちに家が見えてきた。このまま家に入っていいものか?と少し悩んだが、そうも言っていられない
私は玄関先に傘を放り投げると急いで台所に走り塩を鷲掴みにして玄関から外にぶちまけた
それが正しいのかわからない。ただ、昔から変な事変な物を感じた時は塩を玄関から撒いていた。確か亡くなった祖母にそうしろと言われた気がする
その日はその後呼び掛ける声は聞こえなかった。その日は、だ
あの夜から現在まで雨が強く主水門が開いて川が増水する夜は遠くの川の方向から
おーいおーい
と呼ぶ声が聞こえる。今では聞こえたとて何とも思わない程度にはなった。なったのだが今でも聞こえるのだからまいった
お互い認識してしまったのだから仕方ない。私は下に書く、心の引っ掛かりもあって今では
おーいさん
と呼んでいる。呼んではいるが呼び声が聞こえる時は絶対に反応しない事にしている
そろそろ梅雨の時期だ。今から憂鬱である
■■■■
後日談というか前日談というか。この心の引っ掛かりが果たして「おーいさん」に繋がるかは不明だが、一応書いておく
家の目の前なので、私が生まれて何十年もこの川で水難事故があったなんて話は聞いた事は無い。水難事故は、だ
私が小学生の頃、近所の子供達が「お化けアパート」と呼んでいた古い木造のボロアパートがあった。そこに祖母の友人(祖母よりかなり年上)とその息子さんが住んでいた。後に知るがそこは生活保護を受けている人が住んでいたらしい。なので息子さんは今で言う引きニートだったのだろう
何かで書いたと思うが、私は当時小学校帰りに塾に行き1人徒歩で寂しく帰る曜日があった。その日も塾の帰りに雨の中傘と長靴で歩いていると、近くの橋の上でその息子さん(小学生から見たらおじさん)に会った。親の教えで人とすれ違ったら挨拶しなさい。と言われていた事、その人は見た事がある人だった事で
こんばんわー
と挨拶したが相手は頭をペコリと下げただけだった。眼鏡をかけた真面目そうな人だったのだが
雨の中傘も差さず、ずぶ濡れでニヤニヤと川を見ている姿は別人のようで。その気味悪さからこれを大人に言ってはいけないと思ったし、帰宅しても話さなかった
数日後、祖母達町内ババ会が大騒ぎをしていた。友人の息子さんが数日前から家に帰っていないという。今なら意味がわかるのだが、手紙もあったらしい
私はその時、あ…あのおじさんだ。と察した
町内の大人達と警察と、沢山の人が周辺を捜索していた。私は祖母に、いつだったか忘れたけどおじさんが橋のとこにいたよ。と話した。勿論、気味の悪い様子は言えなかった。それから川を中心に捜索したらしいが、なかなか見付からない
嫌な言い方になってしまうが、ソレが浮いているのを見付けたのは祖母含むババ会が我が家から少し下流の川沿いを見回りしていた時だったらしい。日にちが経っていたので最初はソレが何なのかババ達も一目でわからなかったと。多分子供の私を心配してか何年か経った後に聞かされた
これがこの川で起きた現在に至るまで、私の知る中で唯一人命に関わる事件だ
今では祖母もその友人達も他界して、この話を知るのは町内でも少ないだろう