愚かであることがやめられない
ちょっと面白そうと思って見始めたドラマだったのに、どうしてこんなにツボにはまってしまったのか。チェリまほ沼にどっぷり、だ。
11話のかの有名な台詞を今日もリピートする。
俺たち、もうここでやめておこうか
感情を爆発させ大粒の涙を流し「うん」と頷く安達。感情を圧し殺し涙を見せずに「わかった」とささやく黒沢。
大変美しいシーンで何度でも見てしまっているが、しかし私は一体何を見せられているのか‥‥。冷静に考えたら二人とも30歳を迎えたいい大人だし、付き合ってるんだし、待ち合わせして帰宅とか、手を繋いで帰るとか、遊園地でデートの練習とか、休日に二人でまったりすごすだけとか、挙げ句の果てにここでやめるとか、あと1話で最終回なんだけど。
安達が帰った後の切ない背中だけの予告を見せられたら、あれこれ妄想してしまう。みんなの期待に応えてしまう黒沢はきっと異性としか付き合ったことないんじゃないか。安達への片思いの7年の間に半端なく知識はため込んでいそうだが、同性との経験値は0なんじゃないか?だとしたら、安達との、あれこれは黒沢にとっても全部初めてじゃないか。なのにあの自制心はなんなのだ。安達みたいに泣けばいいのに。二人でわんわん泣けばいいのに。それもきっと美しいに違いないのに。
いやいや。再び冷静になって考えたら、黒沢の過去は語られてない。どんな恋愛をしてきたのかもわからない。実は友達いないんじゃないかと思うくらい安達といるところしか見たことない。でも、そんなことは本編で今語るべきことではない。そんな尺はないはず。だってもう最終回だもの。
そうか。だから、あれこれ勝手に妄想して物語を補完しようとしてしまうのか。そういう想像の余地をたくさんくれるドラマは見ていてとても楽しい。そして楽しい楽しいと思っているうちに気づいたら沼の中なのか。
こんなこと考えているとこをうっかり安達に触れられたらと思うと、人の心がわかるとはなんと怖い魔法か。そこそこ鈍感でよかった。安達、怖かったね。もっと泣いていいんだよ。黒沢と一緒に泣いたらいいんだよ。
‥‥そろそろ泣き顔を見に行こう。柘植先生の連載はお休みにならなかったのだろうか。それも気になる最終回。最終回に向けて復習しなきゃ。勉強もこれくらい復習してたら今頃は‥‥。今日も愚かであることがやめられない。
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