【マンガ感想】『メロンの味』絵津鼓
待ちに待った絵津鼓先生の新刊『メロンの味』(上下巻)が10/8に配信になりました。
上下巻同日発売!
pixivコミックで少し読めます。
こちら絵津鼓先生の今作品についてのインタビュー。
「ihr HertZ」で連載を読んでいたときは、(失礼ながら)なんだかぴんとこなかったのですが、最終話まであと2話というところで、やっとこの作品が描いていたものがわかり、いままで何を読んでいたの! と自分自身の肩を大きく揺さぶりたくなった作品です。
連載の最初のほうは読んでいなかったので、これは最初から読まねばと思い、コミックスの配信を今か今かと待っていました。
今回はその感想。
ネタバレありですので、未読の方はご注意ください。
物語はこんなふうに始まります。
彼女と別れて住む場所がないという客、木内(30)に頼まれて断りきれずに同居することになったライブハウスに勤める中城(25)。仕方がなく始めた同居ではあったけど、意外と細かいことに気がつく木内との生活に中城は徐々に慣れていき......。
この木内さんと言うひとが人との距離が近いイケメンで、一見自己中なようで、実は繊細。やさしいし人好きするタイプです。彼女とは別れたにもかかわらず彼の周りにはいつでも女の子がいます。
そんな彼なのに、なぜほぼ他人のナカジョーくんとの同居を希望したのか?仕事もしていないようだけど何から収入を得ているのか?他にも時折咳をしたり、ぼんやりしているときがあり、何かと気になるところのある木内さん。
さて一方、客の頼みを断れずに部屋に連れて帰るお人好しのナカジョーくん。(木内さんがナカジョーくんと呼んでいるので、それにならってここでもナカジョーくんと表記します。)親の持ちビルの最上階に住んでいるナカジョーくんの部屋にはよさ気な家具が置かれ、ライブハウスで働いているわりに良い暮らしをしています。
こんなふたりが共同生活を始めるのですが、読み進めるうちに簡単に他人には言えないであろうふたりの現状が見えてきます。
木内さんとナカジョーくんは、自分の言った言葉で相手を傷つけていたことに気づいて、反省をします。自分だったら流してしまいそうな一言に立ち止まる彼らを見ていると、ひととひととの関係で疎かにしていいことなんてないんだな、と自分の振る舞いを反省しました。自分も彼らのようになりたいし、また彼らのように扱われたい。心に秘めたものを抱えるふたりの優しさに、自分の心のなかの固まった部分がほぐれていくような気がし、読んでる間に何度も嗚咽がこみ上げました。
自分で自分のことちゃんと大事にしてたら
大事にしてくれる人と絶対出会えるから!!
作中で木内さんがナカジョーくんに力説した台詞。
これに対して、
自分を大事にってよくわかんないんだけど
というナカジョーくんですが、ひとの心の機微に敏感である彼が、それを自分自身にも向けることができれば、自分を大事にできないはずはないのに、と木内さんの言葉にうんうん、と頷いた場面。
ナカジョーくんはゲイであり、彼氏がいるのですが、その彼とはうまくいってなくて、さらにゲイであることを知った親からは腫れ物に触るような扱いを受けています。親に反発しながらも親の庇護下にいて、自分の給料ではまかなえきれない生活を送っている。そんな自分を後ろ暗く思っているけれども、親元から離れられない。木内さんをなんだかんだ言いながらも受け入れた彼は随分大人に見えましたが、こんな様子を知ると、25歳って大人のようでいて、まだまだ子どもなんだよな、と思え等身大の彼の姿にほっとします。
木内さんは子どもみたいなところがあって、自分によくしてくれるナカジョーくんに、気持ちよくなってもらいたい、ただそう思って、ノンケにもかかわらずナカジョーくんが気持ちよくなるお手伝いをしてしまいます。
遊び人のノンケに犯された…
と言って肩を落とすナカジョーくんを見たときは正直、木内てめー、ナカジョーくんになんてことしてくれたんだ、という気持ちになりましたが、その無邪気さが、傷ついたナカジョーくんを包んでいきます。
彼氏と別れて落ち込むナカジョーくんに木内さんがキスをして、
一緒に寝てみる?
と誘うシーンがあります。ナカジョーくんが断ると、
じゃあポップコーンを作る?
と言って、結局ふたりは部屋に戻ってポップコーンとコーラを用意して映画を見ます。
たぶん、木内さんのなかで、キスをしたり一緒に寝る行為と、ポップコーンを作って映画を見る行為が、同列なのだ、と思うのですが、木内さんがノンケの男性だから成り立つ場面だと思いました。
木内さんなりナカジョーくんなりが女性だったらと考えると、途端に下心と性欲が加わり、純粋に元気出してという木内さんの気持ちは成立しなくなると思います。(木内さんがゲイだったらやはり成立しない。)
もうひとつ新幹線のホームでナカジョーくんが木内さんと話し合う場面。ここでも思うところがありました。ここでナカジョーくんがした木内さんへの質問は木内さんの芯に触れる繊細なもの。いつも陽気な木内さんが沈み込み涙を流すさまを見て、ナカジョーくんは無言で彼を抱きしめます。
男のひとの社会的役割が家の外に出て働くこと、女性は家庭を守るべきという環境で育ったわたしからすると、(その状況を決して望んでいないのに)弱った男のひとを目の前にしたときに、わたしでは彼を守れないと怯んでしまう。人生の底を見ている木内さんを目の前にしたときに、今ここで彼に寄り添えるのは、ナカジョーくんしかいない。弱った男に寄り添えるのは時に男にしかできない、と思った場面でした。
BLマンガを読み始めたときは、BLって少女マンガじゃんと思ったのですが、こういう作品に出会うと、少女マンガとは違うのだと思います。BLの奥行きを感じ、それと同時に、女でいることに随分自分は胡座をかいていたのだとハッとするのでした。BLは社会の縛りを解いて自分を自由にしてくれます。
男にしか男を癒せないと思った作品がこの『メロンの味』ならば、女には女が必要だと思えたのが『作りたい女と食べたい女』。
こちら連載中。こちらも読んでいて泣かずにはいられなかった。
話を『メロンの味』に戻します。
旅行の帰りの新幹線のなかで、ふたりは将来の「夢」について話します。木内さんの「夢」が、重い。木内さんの「夢」を聞いたとき、彼の今まで歩んできた過去を思い、嗚咽が漏れました。彼が絶望のなかにいることを改めて感じたシーンです。
木内さんが食べ物の原材料名をノートに書き記すという行為があるのですが、それがたくさんの音楽や詩、小説、映画なんかを聞いて読んだ末にもうできることがなくなって行き着いた行為だと思うと、もうじゅうぶん頑張ったから、休んで、と言いたくなりました。(その一方で、底を見たひとが作る作品を見たい、とも思ってしまい、ほんとに外野は勝手なことを言うな、と自分自身に呆れもしました。)
上巻に木内さんが喫茶店でクリームソーダを飲みながら、このメロン味は偽物だけどメロン味だと定着してるのが羨ましいというシーンがあります。最初に読んだときは木内さん何を言っているのかな?と思ったんですが、最後まで読み木内さんは何を羨ましいと言っているのかがわかると、*『メロンの味』というタイトルをもう平常心では見れないです。
(*その後、絵津鼓先生のtwitterで違う意味だと発覚!衝撃を受けました。記事の最後にその点について追記しました。)
長い時間苦しみのなかにいた木内さんの前に、否定も肯定もせずに、おろおろしながら受け止めるナカジョーくんが現れ、そして何もできないナカジョーくんの存在を肯定する絵津鼓先生に、わたしは自分自身を肯定してもらった気になったのでした。
他人は苦しんでいるひとを見ていられないから、自分が楽になるために、当人に向かってよくなる期待をしてしまう。それ以外に何をしていいかわからないから。でも、何もしなくてもいいのだということを絵津鼓先生が示してくれた。それはとても楽になることでした。
雑誌で読んだときに、最初はぴんとこなかったと書きました。その理由のひとつに背景がありました。絵津鼓先生の作品を読むのが初めてだったわたしは、作品内のぼんやりとした背景が意図的なものだということが読めなかった。最後のほうになってやっと、その背景が何を表しているかわかり、自分の読解力のなさに肩を落としました。先生の他の作品も読んでいたら、その背景に意味を求めたと思うのですが、それができずこの作品のよさがわかるのに、ずいぶん時間を要してしまいました。雑誌で追っていたからこそ、この作品の素晴らしさに気づいたわけで、ほんとうに連載していた雑誌『ihr HertZ』を読んでいてよかったです。
やさしいってどういうことかとか、夢っていう言葉の意味とか、好きなひとに受け入れてもらえないときの気持ちの持って行き場とか、いろいろなことを考えた『メロンの味』。
とりとめなく作品を読んだ感想を書きましたが、とても素晴らしい作品です。BL作品ですが、個人的にはBLというジャンルを超えて読まれる作品だと思います。BL普段読まないよ、というひとにもオススメします。
10/14追記:タイトル『メロンの味』について。
この記事を書いたときは偽物だけど認められているメロン味を羨ましいと思う木内さんの心情を表したタイトルだと思っていたのですが、その後絵津鼓先生がそうではないとおっしゃっているのを発見。
作中に出てくるボディシャンプーの香りのほうを指しているそうで、
エ、エロい…!(なんでエロいかは、コミックスを読んで!)
絵津鼓先生も書かれていますが、つまり、「ふたりの日々」という意味だったと発覚。
このツイートを見るまでは、木内さんの心情を表した苦味をまとったタイトルだと思ったんですが、このツイートを見て、印象が反転しました。甘やかで、幸福感に包まれたタイトル!!もう、泣きそう!
「分かりづらくてごめんなさいね…」と謝っていらっしゃいますが、そんなことないです!
色んな読み方ができることに感動しているし、ほんとうに奥行きのある作品だと改めて思いました。