【#旅する日本語】天下茶屋で見た、富士の寸景。
小説家になろうと思って、会社を辞めたときのこと。
僕は、太宰治の「富嶽百景」が好きだったので、彼が富士を眺めながら小説を書いたという、御坂峠にある天下茶屋へ向かった。
僕が天下茶屋についたときに見た富士は、もっさりとした笠富士だった。
富士の寸景を眺めながら、喫煙所で煙草を吸う。
すると、煙草を燻らす御仁が、僕に声をかけてきた。
頭を綺麗に剃り上げ、和服に身を包んだ老父である。
御仁はリュウ、と名乗った。
天下茶屋の当代とは同級生であり、古い付き合いなのだという。
素性を聞かれたので「小説を書いている」というと、「それは変人だな」と言われた。
その後、一呼吸置いてから「——願わくば、長い月日、読み継がれるものを書きなさい。そしてね、哲学書を読みなさい」と言った。
御仁は、鈴木大拙と、西田幾多郎という哲学者の名前を教えてくれた。
僕は御仁と並んで、静かに富士を眺めた。
あの富士は良かった。
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