Holding Your Hand 7/7
息子を産むまでの長い間、アコは自分に何かが足りないという思い込みを抱き続けていた。足りないものを補うために仕事や勉強などをとにかく頑張って、違う自分にならなければと自らに言い聞かせ続けてきた。
局所的にはまだそのような恐れを感じたり、そんなふうに駆り立てられて動いてしまうこともある。でも、人生の全体を見渡した時。以前のような焦りはないし、「大丈夫だ」と安心できるようになった。それはまぎれもなく、息子が与えてくれたギフトなのだと思う。
彼を産み落とすまでに歩んでいた人生はコンクリートでつくられた、暗くてまっすぐな一本道のようだった。そこには無機質な道だけがあり、景色も何も見えなかった。その先にあるはずのゴールへ、漠然とした未来へ向かって来る日も来る日も、一直線に進み続けた。
具体的にはイメージできないけれど、いつの日か何かを成し遂げられるはずだと信じて。寄り道もせず、できるだけ早く効率的に、最短距離を辿らなければと走り続けながら。
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今のアコにとって人生というものは、クリアするコースでも、やるべきことをこなすだけの日々でもない。生きることを「楽しい」と、楽しむために生まれてきたんだと思い出させてくれた最愛の息子に、彼女は心から感謝している。
想(そう)が生まれてきてくれたあの瞬間、彼女の道を囲っていたトンネルは姿を消した。本来は注がれていたはずの光を遮るものなどもはや無く、彼女は本当に久しぶりに空を見上げられるようになった。辺りを見回せば自然の風景があり、気がつけば美しく曲がりくねった野道を歩み始めていた。
道から外れてしまっても必ず、色鮮やかな花たちが咲いていて。さまざまな生き物が自由に走り回ったり、のんびり日向ぼっこをしたりしているのだ。
だからもう、急がなくたっていい。いつでも立ち止まって、目の前に贈られた一つひとつの奇跡たちを存分に、五感で味わえばいい。気の赴くままに遠回りをして、好きな時に好きな場所へ帰ってこればいい。
自分の心で選んだ旅路をゆっくりと、その道中にあるすべてを楽しみながら歩んでいけばいい。
彼女は今、そんな世界を生きている。そこへ連れてきてくれた小さな手を離さないように強く、そして優しく、握り返しながら。
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