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Holding Your Hand 3/7

 つわりは十二週目くらいで安定する傾向にあるのだが、アコの場合は半年間も続いた。

「アコちゃんのつわりは重いし長くて、本当にかわいそうだね。でも産んだら終わるから、もう少しの辛抱だよ」

 母親に優しい声でそう言われても、「そんなのわからない、自分は違うかもしれない」としか思えなかった。全てにイライラしたし、他人からの意見を何ひとつ素直に受けつけられなかった。

 勤務先では唯一マネージャーにだけ、妊娠していることを伝えていた。日中も吐き気は頻繁にやってきたので、同僚たちからバレないように走って他の階のトイレへ行って吐いた。彼女があまりにも深刻な様子なので誰も真相を尋ねてこないし、大病を患っているのではないかと勘違いしていた人も少なくなかった。

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 ようやくつわりが終わると、今度は腹部が重くなってきた。貧血やめまいも始まり、体をうまくコントロールできないもどかしさが募っていった。

 その頃から徐々に、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた。出社する必要が無くなったのはアコにとって救いだったし、人と顔を合わせなくてもよくなったことが有難かった。    

 仲の良い友人には直接会った際に妊娠のことを伝えたけれど、「おめでとう」と言われるのが少し恐かった。ちゃんと生めるのかどうかわからなくて心配だったし、この先の命や健康の保証だってないのだから。

 

 産休に入ったものの、大学院の授業は引き続き受講していた。予定日に合わせて入院し、オンラインでグループディスカッションしていた夜。いよいよ陣痛が始まった。二十二時前に授業が終わり、その数時間後に彼女は分娩室へ移された。 

 出産への立ち会いはもともと望んでいなかったので、感染防止のために家族とビデオ通話を繋ぐのはアコの希望通りだった。時計の針は深夜三時をまわっていて、麻酔の影響で眠くなったり痛みで目を覚ましたりと繰り返しているうちに朝を迎えた。


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