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"The Hole" 8/8

 ペットボトルを自転車のドリンクホルダーに差し込んで、リョーマはどこかへ向かって走り始める。

 目的地のないサイクリングは、彼が生きるうえで大事にしていたいことを思い出させてくれる。目標に向かって一直線に、最短距離で進むだけが人生ではないのだと。

 自分の夢や想いをまるで北極星のような目印にしながら、心が惹かれるままに寄り道をしてみること。そこには必ず、彼の求めている何かがあるのだ。そしてその在り処は時に、涙というサインが示してくれるはずだ。

 母親に見せたかった景色が、リョーマには数えきれないほどある。それらをこれから実現していくという時に、彼女はこの世界から去っていってしまった。今では、自分の姿をどこかで見てくれていると想像することしかできない。

 彼女との繋がりは手に触れられる現実としてではなく、過去の思い出を頼りに現像することで感じていかなくてはならない。それは時々、彼の胸を冷たい闇で貫こうとする。本当には埋まることのない、空虚な穴を彼の心に残していく。


 それでも。いや、だからこそ、与えらえた幸せを噛みしめて生きていかなくてはとリョーマは思う。母がその命をもって何かを教えてくれたのだとしたら、今この瞬間も自分のことを見守ってくれているのだとしたら、僕は目の前にある繋がりを何よりも大切にしていたい。

 開いてしまった穴があるからこそ、かけがえのない存在がいつかは消えてしまうからこそ、僕は自分にできる最大限のかたちで誰かを愛していたい。家族のように思える人たちとの繋がりを、どこまでも育み続けていきたい。

 きっと誰もが、そのままの自分でいられる居場所を心のどこかで求めている。どんな境遇で生まれたのか、どんな環境で生きてきたのか。そういった背景にかかわらず、誰でも自分らしく生きられるきっかけとなるような場をこれからも創り続けていきたい。ひとまずは自然という、僕が大好きなものの力を借りていきながら。

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 空を見上げると、ところどころ欠けた中途半端な形の白い月が浮かんでいる。それは母なる太陽の放った温かい光を受けとり、長い夜の闇をいつだって、密やかに照らしてくれるのだ。


 そう思うと、このままどこへだって行ける気がした。


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