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"The Hole" 3/8

 自転車の速度を緩めて、前方に現れた公園のほうに彼は目を向ける。それほど大きな公園ではないのだけれど、象の姿をした滑り台やカラフルに彩られたブランコが魅力的で、小さな子どもとその親たちが土曜日の午後を幸せそうに過ごしていた。

  リョーマの趣味のひとつは公園巡りだ。「こんなところにあったんだ」という発見をするたびに、その空間を誰かにシェアしたくなってしまう。

 自転車を止めて邪魔にならない場所へ移動してから、一息つくために自動販売機でペットボトルの麦茶を買う。公園の外れに並んだベンチの一つに腰かけてそれを飲んでいると、少し先に見える砂場で遊んでいた男の子と目が合った。

 視線を逸らされてからもしばらく砂場を眺めていると、母親らしき女性がやってきて少年のつくった小さな砂丘に笑みを浮かべた。何かを話しかけて子どもがうなずくと、彼女は友人たちと談笑していた木のテーブルに戻っていった。

 意図せず目に入ってきたその光景は、幼かった頃の記憶を彼に思い起こさせた。ベンチに座って四月の終わりに吹く爽やかな風を浴びていると、彼の意識は過去という時間に向かって運び去られていった。

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 リョーマは物心ついた時から、自分を見てほしいという声を親に対して発し続けていた。両親はどちらかといえば、体がそれほど強くなかった兄に注意を向けていたからだ。

 二世帯住宅で祖父母が面倒を見てくれることも背景にあっただろうが、リョーマは自分が求めているような関心を母親や父親に向けてもらうことができないでいた。赤ん坊の時にもあまり泣かず、それほど手のかからない子どもであったからか、両親は彼の気持ちに気づけずにいたのかもしれない。

 だからといって、不幸だったと感じているわけではない。思うように家族と繋がれない時代もあったというのが、実際のところだった。

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