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原作 久住昌之 漫画 谷口ジロー「谷口ジローコレクション 孤独のグルメ1」レビュー「要らん戦争を起こさない「人類の叡智」に乾杯ですね。」

漫画「孤独のグルメ」は
1.月刊PANJA誌に1994年10月号から1996年6月号まで連載され第1話から第18話
2.週刊SPA誌に2008年から2015年まで不定期掲載された第19話から第32話。

の2期に大別され,2017年に谷口ジロー氏が他界され「続き」が描かれる事は無くなった。
本レビューでは便宜的に最初の時期を20世紀版,「続き」が描かれた時期を21世紀版と呼ぶが,20世紀版と21世紀版では以下の「違い」がある。

1.主人公の井の頭五郎の性格の違い。
20世紀版の五郎は古物商を営み,若い頃武道を嗜み,自分の美意識,自分の拘りに非常に煩い「気難しい人物」として設計されている。僕は若い頃,神田神保町の古本街巡りを趣味としていたが正に五郎は「古本屋の主人」の様な性格で,自分のライフスタイルに拘りがあるが故に非常にしばしば頑迷で間違っても一見の人間からたちまち好意を抱かれる人間では無いのだ。
第10話の自然食志向の店に入った際,
「こういう店ってのは…」
「もともとヒッピーのような団塊の世代がやってんだよなァ」
五郎は輸入食器の店の女の子が言っていたことを思い出す。
「あーゆー昔ヒッピーだった人がやっている自然食の店ってさあ」
「どこもみんなテーブルがベトベトしてる感じして」
「やなのよね」
…と「ヒッピーのような団塊の世代」への因縁というか罵倒が延々と続き,
いざ五郎が出された自然食を食べ始めると
「うわ…なんだ,このホウレン草」
「固くて臭くて…まるで道端の草を食っているようだが」
「マズくない!決してマズくないぞ!」
「そうだ,これは子供の頃キライだった味だ」
「うーん…どれもくやしいけどうまい」
…と「出された食事への罵倒」が更に続く。
僕が五郎の親だったら「文句があるなら食うな」って叱ってるよ。

つまり延々ヒッピーや団塊の世代を偏見で罵倒しておいて,
出て来た食事も罵倒し続け,でもうまいのが悔しくて,
申し訳程度の誉め言葉が「悔しいけどうまい」なのが「20世紀版の五郎」なのだ。
「頑迷かつ失礼かつ無礼」が彼の基本なのだ。
本作の最初の単行本には「グルメブームの「先」にあるもの」って帯が付いてるけど,彼はグルメレポーターに最も向いてない人間なのは確かだ。

21世紀版の五郎はずっと人当りが良くなって,出された食事を残さずしかも美味しそうに幸せそうに食べて(20世紀版の五郎はホンの少しでも自分の美学に反する不愉快な事があると途端に食欲が停止して店主に
「どうしてくれるんです。貴方のせいで残しちゃったじゃないですか!」
とクレームをつけ,店主が怒って彼を突き飛ばすと,突き飛ばした腕にアームロックを極めて店主を悶絶させる男なのだ。)
…と「頑迷かつ失礼かつ無礼」度がグッと抑えられたのは2012年から松重豊氏を井の頭五郎役に据えた実写版「孤独のグルメ」が始まって,久住さんが松重さんにすっかり惚れ込んでしまい,松重さんに当て書きした原作を書く様になったからだと思います。街行く人々から愛されて「ゴローさん」とか「ゴローちゃん」を親し気に声を掛けられるのが21世紀版(2012年以降)の井の頭五郎ですね。
なので松重版から「孤独のグルメ」に入られた方が原作(20世紀版)を読むと,「こんなのゴローちゃんじゃない」「店の人が折角作ってくれた料理を残すんじゃあない,この罰当たり!」とかもう散々な評価。
まあ「入り方」によって「井の頭五郎像」が違うのは
長命コンテンツが宿痾的に抱える問題ですね。

2.絵柄の違い
20世紀版と21世紀版には12年の感覚がある訳で,
絵柄が変わってしまうのは致し方の無い事ですね。
僕は白土三平先生の「カムイ外伝」の愛読者なのですが「スガルの島」編だけ年月が開いて執筆され,白土先生の作風が劇画調に変わられていて,その「スガルの島」編が,それ迄の漫画と続けて収録されてるものですから,
作風の激変に読者は驚くって寸法ですね。

原作の「孤独のグルメ」を出版するなら20世紀版と21世紀版で分けるのが,
要らん戦争を引き起こさない為の「人類の叡智」だと分かって貰えると思う。

2008年に出た新装版は,そうした「人類の叡智」が未だ分かっておらず,
1巻に19話迄収録されて2巻にそれ以降が収録された噴飯物の書籍だったんですが,この大判は「そこのところ」を良く分かってて,20世紀版と21世紀版で分冊にしてます。

大判は文字も谷口先生の精緻を極めた作画も愉しめて,
老眼の進行著しい僕の様なオイボレにも優しいのが嬉しいですね。

僕は月刊PANJA誌で井の頭五郎と出会ってるので20世紀版(谷口ジローコレクション 孤独のグルメ1)のみ購入します。
松重版から入られた方が20世紀版を受け入れられない様に,
僕も21世紀版の井の頭五郎は「キャラブレ」が激し過ぎるが故に,
同様に受け入れられないのです。

コレで要らん戦争は起こりません。
「人類の叡智」に乾杯したい気持ちですね。



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