幻想紀行「星の降る村」
高原をロバに乗って移動し、断崖に隔絶された小さな村に着いた。
この先は長らく砂漠となる。
「この村で食料を調達しましょう。」とガイドの青年が言った。
一見して貧しい村であった。
「自然地理的な事情から、この村は長いこと他の村との交流を絶っていたのです。だから貧しく見えるのでしょう。」
かつてこの大陸の他の多くの民族がそうであったように、この村でも男女ともに半裸に布を巻いて暮らしていた。
ネグロイドである彼らの肢体は強靭な筋肉で支えられてガゼルのように美しい。
「電気が来ていませんから、未だに彼らは文明の多くを知りません。」
周辺の世故に長けたガイドの青年も、この村の言葉はよく知らない。周辺の部族の言葉と似通う所もあるので身振り手振りを交えれば何とか通じるようであった。
村の入口にある木陰で子どもたちが遊んでいた。
丸い石を指で弾いて他の石に当てる。
雑駁に言えばそのような遊びらしい。
カチンと音がした。
どの子どもも真剣であった。
子どもの顔はどの国も変わらない。
「何をしているの?」
と僕は声をかけた。
子どもたちは見知らぬ大人たちに対して恥ずかしそうに照れて俯いた。
僕はガラス玉を子どもたちにあげた。
ガラスを見るのは初めてなのかもしれない。
大はしゃぎして、子どもたちはガラス玉を大人たちの所に運んだ。
子どもたちからガラス玉を受け取った大人たちが、こちらを見た。僕たちは彼らに向かって手を振った。彼らもまた手を振った。
「食べ物を分けてくれませんか?」
ガイドの青年は言った。
彼らは僕たちを手招きした。
それから次々奥に通され村の首長と思しき老人の元まで案内された。
先ほどのガラス玉は首長の掌中にあった。
ガイドの青年がフードを外し、両膝を着いて敬礼したので私も倣った。
老人は人懐こい笑顔で何事かを言った。
「数日、泊まっていくようにと言っています。」
青年が通訳した。
「どうやら私達のために食料を調達してくれるそうです。それには数日を要するようです。私達を歓迎して祭を開くと言っています。」
ガイドの青年が私に耳打ちした。
「どうやらガラス玉を相当な貴重品と思っているようです。」
隔絶された村に興味を覚えたこともあり、有り難く申し出を受け入れた。
村の外れの小屋を借りて、私達は休息した。外界の人間が珍しいようで村人たちは小屋を囲み無遠慮に群がった。
彼らが知っている文明は自動車に腕時計、ニュースペーパー、電池式の機械などであった。(現に多くの男たちがアジア製の腕時計を身に着けていた。)
人工衛星の信号を受信するソナーの類は知らないようで、私達の持つ小型デバイスに多くの村人が興味を示した。
夕方になると子どもが広場に集まってきた。
村は暑い日中を避けて夕方から小夜にかけてからの方が活動的になる。少し村の中を散策した。どの家も夕食を作っている最中であった。
この村では有蹄類の肉と芋類を粉に挽いて蒸したものを食べる。質素で素朴な食事である。などと興味深く覗いていたら親切な女御が出来上がった食事を少し味見させてくれた。
村に自生する数種のハーブを組み合わせて岩塩を混ぜて調味する。
有蹄類の肉が柔らかく美味である。
蒸されたパンは村で作った植物油を付けて食べる。風味がある。
それに幾つかの果実が並ぶようであった。
多くの子どもたちは走り回って遊んでいた。その一方で広場の片隅に座り込む女の子たちもいた。
女の子たちは先ほど村の入口で見た石を弾く遊びをしているようだ。
石を弾く。
カチン。
と他の石に当たる。
その石が再び他の石に当たる。
カチン。
石が当たると女の子たちは空を見上げる。
たくさんの星が瞬いていた。
「石が上手に当たると星が落ちると言っています。」とガイドの青年が教えてくれた。
実際彼らは目が良いので、僕たちには見えないものが見えている。女の子たちが星を見上げてわあわあと言っている。僕には分からないが、流れ星でも見つけているのかもしれない。
宇宙航空時代に突入し、この惑星の周辺を幾つもの人工衛星や宇宙船が飛び交った。しかし、それらの幾つかは不慮の事故で破砕し、宇宙ゴミつまりスペースデブリとなった。デブリが増えてこの星の周囲を取り囲み、宇宙船は飛べなくなった。宇宙に出れば凄まじく飛び交うデブリに衝突し、自らもデブリと化すことが目に見えているのだ。
彼らが見ているのは、地球の重力に引き寄せられた小さなデブリが周回軌道から外れて大気圏で燃え尽きる光、なのかもしれない。或いは何億光年と離れた恒星が燃え尽きる光なのかもしれない。
何れにせよ僕には見えないのだが。
子どもたちは星を落とす遊びを愉しそうに繰り返していた。
カチン。
カチン。
偶然だろうか。
その時、僕にも見えるような大きな流れ星が一筋の軌跡を描き地平線に消えた。
子どもたちは、それを見て楽しそうに笑う。
夜に首長の家に呼ばれて歓待を受けた。
先程の肉とパンを食べた。
花の蜜から作った酒もあった。
首長は村に伝わる神話を教えてくれた。
目に見える星にも目に見えない星にも沢山の人々が住んでいる。それらの人々は逆さまに歩いていたり、一つ目の巨人であったりするのだが、この村の先祖もそれらの星の一つから来たのだと言う。
その星には男の神と女の神がいたのだが、ある時男の神の性的な失態に怒った女の神が星を水浸しにしてしまった。
住む所が無くなった人々が船に乗って星間を旅してこの土地に辿り着いたのだと言う。
あの星の近くにいたんだよ、と首長は指で示したが、僕にはその星が見えない。
もうすぐこの村では星祭りがあるのだと言う。
それまでゆっくりすれば良いとの首長の言葉に甘えて僕たちは数日をゆっくりする。
食べるものの困らない村であった。
有蹄類の肉は食べ尽くすということが無いようだった。そのくせ、男たちが狩猟に精を出している風もない。
どうやって有蹄類を捕まえているのか、日中、広場で酒を飲んでいる男たちに尋ねてみた。
ガイドの青年が男たちに尋ねた所、有蹄類は数日に一匹がこの村に来て身を捧げるので狩猟の必要などないのだと言う。
ガイドの青年が困ってその不自然さを指摘していたが、男たちもそれ以上の説明はできないようであった。
彼らによれば彼らの神が村人に贈り物として有蹄類をくれるのだという。極々自然な摂理であって、一体それの何が不思議なのだ、という顔をされた。
村の先はずっと砂漠であった。村の後方には高原とサバンナが広がる。この村は砂漠の間際にあった。サバンナには多くの動物が暮らしていた。
ジラフにシマウマ。象やハイエナ。一通りの野生動物が揃っている。
しかし食肉にしている有蹄類の群れを僕は見たことがないし、その有蹄類の姿も名前も知らない。
だが村には「有蹄類の肉」と呼ばれる肉が豊富にある。
知らない土地を旅するということはそんなものなのかもしれない。
「この村もやがて砂漠に飲まれてしまう。」
首長の言葉を思い出した。
「その前にあなた方が来て本当に良かった。」
村での数日間は、そのようなとりとめのない言葉を村人から聞いたり、サバンナの動物たちを双眼鏡で覗いたりして過ぎた。
サバンナを双眼鏡で覗いていると数頭のライオンがガゼルを追っている姿を目撃した。
段々と距離が狭まりガゼルはライオンに噛み付かれて地面に横たわった。
「この村にはライオンは来ないのか?」
と村人に聞いた。
「危険な動物は来たことがない。」
と村人は言った。
「不思議な話です。」とガイドの青年が言った。
本当に危険な動物は土の中で眠っているのだ、と焚き火をしていた男が言った。周辺を散策して村に帰ると夜になっていた。神様が我々をここに連れてきた時に、本当に危険な動物は地面の中に埋めてしまった。彼らはあの高台の中で眠っている。
僕たちは村の高台を見上げた。
星が散りばめられた夜空を高台の形が真っ黒に切り取っていた。
僕は土の中に眠る(ライオンよりも)恐ろしい生き物たちのことを想像しながら眠った。
星祭の日になった。
日中から祭りの準備が始まった。
女たちは料理を作り、男たちは砂漠を見渡す高台に出掛けて、祭壇を作っていた。子どもたちは外で元気に遊んでいた。
子どもたちに祭の話を聞いた。
女の子たちは目を伏せて悪戯に笑うばかりで答えてくれなかった。
村の外れに腕に病を持っている女の子がいて、その子が一人だったので、やはり祭りについて尋ねてみた。
「『みんなで祭りが開ける時を待っていた。』とこの子は言っています。定期的に行う祭りではないようですね。」
「何の時を待っていたのだろう」
「さあ、この村の人の言葉は何とも。」
祭が始まった。村人は高台に出掛けて祭壇を囲んだ。祭壇に火が焚かれた。
酒を飲みながら食事をした。
アルコール度の高い蒸留酒であった。
「これは私には強過ぎます。」とガイドの青年が小声で言った。
「飲み過ぎてはいけないね」と僕は答えた。
蒸留酒にハーブが漬けられている。
スッキリとふくよかなハーブの香りが鼻腔に抜ける。強い酒にも関わらず、つい飲み過ぎてしまう。
呪術師の男が空に向かって呪文を唱える。
男たちが歌う。
女たちが踊った。
祭壇から煙が広がった。煙の中で女たちの影が伸びていく。男たちの声が煙に反響していく。
空に向かって呪文が唱えられる。
男たちの歌が声高になっていく。
女たちの踊りが激しさを増す。
アルコールが脳内をかき乱す。
目が眩む。
目が眩む。
目が眩む。
信じられない光景だった。
突如として。
星が揺らいだかと思うと、それが大きくぶれて落ちてきた。
高台から見下ろす砂漠に衝突した。
大きな衝撃が大地に走る。
耳をつんざく爆音が谺する。
僕の足元が地響きとともに揺れる。
男たちが掛け声をあげた。
空から星が落ちてくる。
火の玉となって砂漠に。
次々と。
それを動物たちが見上げていた。
男たちが歌う。
女たちが踊る。
星が落ちる。
大気圏を越えて。
幾つも。
幾つも。
「信じられない。」とガイドの青年が言った。
「彼らは星を落としている。」
流星群とは全く異なる。何せ本当に星が落ちてくるのだから。
或いは、と僕は思った。
これはこの星を囲むデブリかもしれない。
星を取り囲む沢山のデブリが重力の安定を欠いて地球に落下するのかもしれない。僕は石のお弾きを思い出していた。一つの石が次の石にぶつかり、また次の石に。
衝撃によって周回軌道から外れた石は?
地球の重力に囚われて次々連鎖的に落下するのかもしれない。
彼らはこの現象を予期していた。
若しくは人為的に彼らがこの現象を起こしている?
そんな馬鹿な、と僕は頭を振る。
宇宙空間にあるデブリ、その重力場に地上の人間が干渉できる筈がない。
呪術師の男が手を振るたび砂漠に星が、火球が衝突した。
地響きに合わせて男たちがドラムを叩く。女たちのダンスステップが足を踏み鳴らす。
村人たちは次々と掛け声を上げて星を落とす。
ガイドの青年は恐ろしさのあまり、地面にひれ伏し神に祈った。
「この村は悪魔の村だ」
と言った。
大地に突き刺さった火球は地面で更に発火した。
砂漠が赤く燃えていた。
幾百の火柱が砂漠に立っていた。
恐ろしくも美しい光景であった。
アルコールに酩酊しながら僕は立っていた。衝撃音に吹き飛ぶのではないかと思うほど、足元がふらついていた。
首長が恭しくガラス玉を掲げた。首長は高台の岩肌に開いた洞窟に入り、村人たちもそれに続いた。私も後に続こうとした。
それをガイドの青年が止めた。
私は振り返って彼の顔を見た。
篝火が彼を照らしていた。
「彼らは悪魔です。」
青年は言った。
背後には砂漠が燃えていた。
二つの火の間にあって僕たちを取り巻く闇は深い。
いつの間にか眠っていて起きたのは既に日が高く昇った後だった。ひどく気怠い。
ガイドの青年が血相を変えていた。
「大変です。」
村は無くなっていた。
跡形もなく。
高台には祭壇の焦げた後があった。
彼らが入っていった洞窟は見つけられなかった。
「彼らは地獄から来たんですよ。地獄へと帰ったのです。」
とガイドの青年が言った。
荒涼とした村の跡地を見ながら僕は思う。
彼らは遠い星から来たのだと言った。
もしかしたら、彼らはまた星に帰ったのかもしれない。この星を取り巻くあらゆるデブリを落として。星の周りを浄化して。
宇宙船は飛び立ち、今頃彼らは星間を旅しているのかもしれない。
もし、僕があの時を、彼らの後に続いたら?
今頃は僕も彼ら船の中にいたかもしれない。
彼らの操縦する宇宙船の事を考えて僕は苦笑した。
半裸のまま丸太に跨って宇宙を飛ぶ彼ら。
僕の想像力は貧しい。
今晩、また夜空を見上げてみよう。もしかしたら宇宙ゴミが減った夜空は昨晩よりも綺麗に見えるかもしれない。
(幻想小説「星の降る村」村崎懐炉)