現代詩「絹ごし豆腐はリジッドエッジを、持っている」
現代詩「絹ごし豆腐はリジッドエッジを、持っている」
「豆腐星の孤独」
無重力下の月面に絹ごし豆腐を持参すれば
表面張力によって各面は膨張し墓石の如き直方体は綺麗な球形に形を変えるに違いない
宇宙空間を月魄の如く漂う絹ごし豆腐を
名もなきスターゲイザーが発見して
豆腐星と名付けるだろうか
豆腐星は月魄のようだと
巷間の天文ファンを賑わせるだろうか
真実の所、僕が冷奴を苦手であったのは全き箸(チョップスティック)の所為であったと今にして分かる
お上品を気取って箸でなど豆腐を食べるから味が分からぬのだ
匙(スプゥーン)を持ってきてくれ
朱塗りの蓮華を
豆腐を匙で食せば分かる
豆腐のひんやりとして滑らかな肌が僕の舌を滑っていく
喉奥に落伍する
豆腐の味が喉奥から官能脳に電信される
その真理に至るまでに何十年も経てしまった
手遅れだろうかいまさら
僕などが
宇宙世紀が開闢して以来、豆腐星は
永らく宇宙空間を彷徨っていた
僕は心の拠り所を無くしてやはり忘我のうちに巷間を彷徨っていた
いまさら
僕が豆腐星など発見して
手遅れだろうか
「原節子はビューティフルな豆腐」
舌先を滑る絹ごし豆腐の冷たい滑らかな肌は美しい女を思わせる
小津映画で云えば原節子のようだ
あんな美人はいない滅多に
そうだよ
あんな美人は
いないよ
滅多に
先日は山葵漬けと一緒に豆腐を食べた
その前日は納豆と朝鮮漬けと一緒に
その前日は肉味噌と胡麻油
絹ごし豆腐とイタリアンドレッシング、アメリカソース、ザワークラウト、サルサベルデ、トルコ風ヨーグルトソース
美人は何を合わせても美人だ
旨い
嫌味がない
原節子は
絹ごし豆腐は
原節子が北氷洋の氷山の如く
ヨーグルトソースの中に沐浴している
其れを
匙で掬って食べる
旨い
「檸檬醤油とサポニン」
本日の豆腐は檸檬醤油
檸檬果汁で割った真っ黒い醤油の中に浮く絹ごし豆腐の一欠片は
さながら宇宙の中の豆腐星に似る
孤独の相を帯びている
百年漂おうが
一億光年漂おうが
満たされぬ 孤独
少し離れてやはり同じような豆腐星がある
彼らは気付かない
自らが置かれた境遇の栄養価をGABAを大豆ペプチドをサポニンを檸檬の中のビタミンCを僕達自身を
宇宙を光の川が流れていく
あれらは全て豆腐星
川に例えれば川底の石礫
白乳に例えれば乳の中の油脂の粒
あれらは全て豆腐星
自ら発光しながら
繋がることの無い孤独
ギャラクシイの蛍たち
光の川に身を任せて泳いでいる
(現代詩「絹ごし豆腐はリジッドエッジを、持っている」村崎カイロ)